2022.07.06

アン ドゥムルメステール展を見に、フィレンツェへ

毎年6月と1月にフィレンツェで開かれる、合同展示会を中心としたメンズのファッションウイーク、ピッティ・イマジネ ウオーモ(以下略して“ピッティ”)。コロナ禍を経て2年ぶりのフル展開、第102回目を迎えたピッティに、今回はじめて行ってきました。メイン会場のバッソ要塞には700ものブランドのブースが集結したほか、市内各地で4日間に渡って開かれたのは、ピッティ主催プロジェクトからプライベート・イベントまで、多種多様。

まずは、今回のゲスト・デザイナー、ウイメンズも手がけるグレース・ウェールズ・ボナーの23年SSのショーへ。会場は15世紀建造の重厚なルネッサンス建築、500年近く前にはアレッサンドロ・メディチ公爵の住まいだったと言う、メディチ・リッカルディ宮殿の中庭です。アレッサンドロ・メディチ公爵はアフリカ系使用人を母に持つメディチ家要人の嫡子で、近代ヨーロッパでは初めてのブラックの統治者だったとか。ハーフ・ジャマイカンでダークスキンを持つグレースが、この場所をランウェイとしたのは偶然ではないでしょう。さらにここを、アフリカの歴史を示唆するアートな空間に変えたのは、ガーナ出身のアーティスト、イブラヒム・マハマ。彼はカカオの運搬に使われる麻袋を手縫いでパッチワークしたインスタレーションで、会場の壁の一部と床を覆ったのです。こんな完璧な背景に象徴されるかのような最新コレクションでは、アフリカのクラフツマンシップと、ヨーロッパの洗練がクロスオーバー。例えばリサイクルのガラスを使ってガーナで手作りされたビーズを編み込んだマクラメのドレス、バロックパールやロッククリスタルを使ってのラフなデザインのジュエリー、サヴィルロウで仕立てられたサルトリアルなシャツやジャケットに、サルエルパンツやボクサーパンツ。素材はパリのシャルヴェによるシルク・ジャカードとブルキナ・ファソで手織りされたコットンやムラ染めが共存。これを機に本格的にスタートする靴のラインでも手仕事の風合いを生かし、カウスキンのミュールはもちろんスニーカーも手作り。どこを取ってもコンセプトが一貫しているだけでなく、詩的で美しいコレクションに仕上がりました。

翌日は私のピッティ・デビューのお目当て、アン ドゥムルメステール回顧展のオープニングへ。展覧会タイトルのCurious Wishes Feathered The Airは、アンの親友で永遠のインスピレーションでもあるパティ・スミスが彼女のために綴り、2000年春夏コレクションではTシャツやジャケットを飾ったメッセージ。アンは87年に設立したブランドの一線を2013年に退き、デザインを若手のア―ティスティック・デザイナーに委ねましたが、2年前には会社を手放しています。今回のピッティでゲスト・オブ・オナーに招かれたのは、今ではデザイン・チームが彼女のレガシーを受け継ぐ形で続いている「アン ドゥムルメステール」ブランド。そして陶芸を始めて、近々家具も発表するというアンがメゾンに委任され、自身の展覧会のキュレーションを務めたわけです。時折り赤など差し色を交えつつ、大方がモノクロームで展開され、様々な表情で羽が存在感を示すアンの世界は、30年間に渡ってダーク・ロマンスを突き詰めていました。ドレープや緩やかなシルエットとテーラード、シアーで柔らかい素材とハードなレザー……コントラストが成す彼女のルックは今見てもモダン。だだっ広いレオポルダ駅跡地の中央に、マネキンに着せたルックだけが整列した演出には、アンのミニマリズムが息づいています。なぜこんなにシンプルに?とたずねると、「シンプルだけど、豊かなエスプリ」と、アン。背後には、過去のショーのプレイリストからリミックスした音楽がかかっていました。

2日目の締めはピッティ特別プロジェクトの一つ、ソウルランドのショー。20年の歴史を持つ同ブランドはコペンハーゲンを拠点とし、ファウンダー&クリエイティブ・ディレクターはサイラス・オダ・アドラー。シンプルながらエッジが効いたルックはいずれもサステイナブルな素材を使い、ジェンダー・フルイドなデザインです。

そして最終日夜の場外イベントは、グッチ。メゾンのお膝元、フィレンツェならではのコンセプトストア「グッチ・ガーデン」では既に「グッチ・オステリア」でランチとディナーを提案していますが、この2月には店舗が拡張され、終日オープンのカフェ&カクテルバーGucci  Giardino 25もオープンしました。この流れでピッティ期間中に発表されたのが、“ミクソロジー”のプロ、ジョルジオ・バルジャーニとのコラボレーションによる限定カクテル「エリジール・デリクリーゾ(Elisir d’Elicriso)」です。「グッチ・ガーデン」では2015から20年までの広告ビジュアルの演出を再現した展覧会「アーキタイプ」もロングラン開催中。Gucci  Giardino 25、今後のピッティのホットスポットとなりそうです。

text:Minako  Norimatsu

ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子プロフィール画像
ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

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