シャネルのサヴォワフェールの中核le19Mが、セネガル・ダカールへ
刺しゅうから羽根細工、帽子、ジュエリーまで、専門分野を極めるシャネル傘下の工房を一堂に集め、一年程前にパリ郊外オーベールヴィリエにオープンした、le19M。昨年6月15日の投稿でも紹介したように、地上階のギャラリーは一般にも公開されています。現在は同じエリアに軒を構える、若手アーティストのインキュベーターとしてのアート・ハブ、プッシュ・マニフェスト(POUSH Manifesto)とのコラボレーションで2つの展覧会が開催中。うちひとつは、ビジターの参加やアーティスト・職人間のコラボレーションを促すEntrelacs、もう一つは刺しゅうの裏側を見せるというコンセプチュアルなÀ revers。こんな風に、外部との接触にオープンで、アイデアには事欠かないle19Mの新しい試みが、ダカールでのla Galerie du19M – Dakarです。つまり、ダカールを舞台とする場外展。
西アフリカの国セネガルの首都・ダカールはフランスとは歴史的に繋がりの深い場所。最近は現代アートやダンス、映画など複数の分野で盛り上がっている注目のデスティネーションです。セネガル人と現地に住むフランス人から成るチームがキュレーションしたこのグループ展の基本的なアイデアは、絵画、スカルプチャー、写真などの分野も絡めつつ、テキスタイル、つまり織りと刺しゅうをアートとして見せること。この背景には、シャネル傘下の工房の手仕事をフィーチャーする特別なコレクション「メティエダール」の最新のショーが、昨年12月にダカールで開かれた経緯があります。はじめてアフリカ大陸に足を伸ばしたこの特別なコラボレーションをワンショットに終わらせず、繋がりを深めていきたいと望むシャネル社の展望が、同企画として実現したわけです。
地上階ではまず、le19Mが抱える刺しゅう工房モンテックスのアーティスティック・ディレクター、日系フランス人の山下アスカさんの作品がビジターを迎えます。メタルのリングで繋いで集合体にした360ものピースの素材は、2種類。レザーにはメゾンの代表的な刺しゅう見本の写真を印刷、その上からは刺しゅうを施しています。デニムはダカールの古着店で調達したリサイクル素材で、裏には現地の道ばたで回収したプラスチックを熱で付着。レーザーカットしたモチーフも2種類で、千鳥格子とヘリンボーン。ちなみにこれは、シャネルが支援する「モードと写真のイエール国際フェスティバル」の2022年版にて、彼女が小物部門の審査委員長を務めた際に展示した作品の、メイド・イン・ダカール版だとか。
さらにビジターは、この階の中央を占める大きなテーブルで進行中の、グループ刺しゅうの制作に招かれます。パリではle19M周辺地図のタペストリーが、グループ刺しゅうによって数ヶ月を経て完成したことに呼応して、ここダカールでの下図はテオドール・モノ・アフリカ美術博物館周辺のダカール地図。
そして上階の展示は、フランス人と、アフリカではセネガルだけでなくマリ、南アフリカ、ボリビアからのアーティストたちを加えた計28人による、38点。キュレーターの一人、ダカールでル・マネージュ(Le Manège)なるアートギャラリーを主催するフランス人、オリヴィア・マルソー(Olivia Marsaud)に話を聞いてみました。「私たちが試みたのは、パリのle19Mとダカールの橋渡し。そして伝統的手仕事と現代アートの融合。つまり時と場所、二つの次元を繋ぐことです。そしてチーム4人のネットワークとアイデアで、芸術家や職人たちを選び、時にはガイダンスをしたのです。経済的援助も大事ですから。すべてのアーティストと職人には同じ額の報酬を提供したんですよ」。こうして彼女たちが導き、また認めた“融合”には、いくつかの異なる方法が。まず象徴的なのは、前述プッシュ・マニフェストのレジデントであるフランス人アーティスト、ポーリーヌ・グリエ(Pauline Guerrier)。彼女は自身が開発した回転する円形メタルの“織り機”に、現地の市場で調達した糸や陶器のビーズなどの素材を絡めることによって、会期を通じて円形の織物を完成させて行きます。「時にはビジターを招くこともありますから、動きのある彼女の作品ではあらゆる意味で“コミュニケーション”が成り立っているんです。すべて彼女自身のクリエーションですね」と、オリヴィア。
もう一つ、アーティスト自身の発案によるコラボレーションはジョアナ・ブランブル(Johanna Bramble) と ファティム・スーマレ(Fatim Soumaré)による機織り機デュオ、マネチュード(Magnétude)。10メートルに渡る縦糸を両端から織り始め、二人の織りは会期中にだんだん近づいていく、というユニークなシステムです。
「参加アーティスト二人の“ダイアローグ”例もあります。マネル・エンドワ(Manel Ndoye)が布の短冊を使って描いた女性の像は一種のトロンプロイユで、近くで見るとまるで抽象画。遠くで見ると輪郭が読み取れるのですが、素材のうち90%を占めるのは、インディゴを専門とするマリー=マドレーヌ・デューフ(Marie-Madeleine Diouf )の余り生地なんです」。
一方オリヴィアが介入しての作品例は、サステナブルな革小物のデザイナー、セシル・エンディアイユ(Cécile Ndiaye)によるテキスタイル・スカルプチャー。余り布はモンテックスの協力でパッチワークに、また余りレザーは切り刻み、揉むことで質感を変え、グラフィカルな編み地に仕上げました。「天井から吊るすアイデアは、彼女に階段の吹き抜けの展示スペースを事前に提案したことから生まれました」。
一方キュレーターチームのお膳立てで実現したパリ×ダカールのコラボレーションは、ジュリアン・ファラード(Julian Farade)の作品。まずはパリに住む彼がセネガルに伝わるお伽噺を着想源に、この国に特有なコットン、マリカヌにドローイングを描きました。そこに10日間かけて伝統的な刺しゅうを施したのは、セネガルのある村の15人の女性たち。「セネガルでは普通、刺しゅうは男性の仕事。唯一この村では、赤ちゃんをおんぶするための布に女性たちが刺しゅうをします。この企画ではそれぞれの女性が好きなドローイングを選び、一針一針に心を込めたのです」。
また現代アートと手仕事との共存が顕著だから、と既存作品から選んだのは、ヤシーヌ・メクナッシュ(Yassine Mekhnache)による壮大な刺しゅうのタブロー。前述のle19Mでの展覧会でも紹介された、三部作の一つです。「彼の作品は、なんと言っても素晴らしい。ですから、ここまで洗練された仕事を見る機会のないセネガルの人々に、ぜひ紹介したくて」と、オリヴィアは語ります。彼がインド、ナイジェリア、モロッコと異なる地の代表的な刺しゅう技術を使っていること、またビーズ、チューブ、メタル糸と、素材をミックスさせていることも今回のテーマにぴったりとはまったようです。
たまたまセネガルでのロケの後休暇を取っていたナオミ・キャンベルが訪れるというサプライズにも沸き、興奮のうちにオープンを遂げた、la Galerie du 19M – Dakar。サヴォワフェールを広く知らしめて後世代に伝えることを目的とするから、参加型アトリエも含めて入場は無料(3月31日まで)。5月半ばから7月末までは、ダカールとほぼ同じ内容でパリのle19Mでも開催の予定です。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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