クリエーション炸裂! パリ・オートクチュール・コレクション
1月最終週、パリでは2023年春夏オートクチュール・コレクションが開かれました。最近のファッションウィークでは、セレブや何かしらのスキャンダルの話題や炎上で肝心のファッションの影が薄れていましたが、今シーズンはクリエーションが百花繚乱。
まず23日の幕開けは、ダニエル・ローズベリーによる、スキャパレリ。先シーズン、装飾美術館での「ショッキング! エルザ・スキャパレリのシュールレアリストな世界」展のオープニングとあいまって新境地を見せた彼。今回はメゾンのコードである“シュールレアリズム”とはやや距離を置いた、ダンテの「神曲」にインスパイアされたスピリチュアルなコレクションです。地獄、煉獄、天国の各章からなる三部作、14世紀の抒情詩からの着想といっても、シーンの描写をビジュアル化する端的な解釈ではありません。彼は満足いくコレクションが完成して天国へと上り詰める前にクリエイターがぶつかる疑問、そして疑問が引き起こす恐怖感を、地獄にたとえたのでした。そんな自らの経験がもっともシュールに表現されたドレスを飾ったのは、スポンジや樹脂で職人が手作りした、レオパード、ライオン、オオカミの等身大の顔。それぞれ“おごり”、“高慢さ”、“強欲”を表します。あいにく、あまりに精巧な動物の頭部を剥製だと思い込んだ人が多く、SNSには非難のメッセージが溢れてしまいましたが。真実を確認しない人による軽はずみなコメント、またそれが雪だるま式に倍増するシステムはさておき、私はダニエルの、弱さを大胆なクリエイションに昇華させていくアプローチに感動しました。
その日の午後は、ディオールへ。フェミニストとしてのポジションを確立させたマリア・グラツィア・キウリの今回のミューズは、ジョゼフィン・ベイカー。ブラックのシンガー&ダンサーとしてアメリカからフランスに移り住んで1920年代を沸かせた彼女は、同時に孤児を何人も養子とした人権擁護の活動家です。彼女へのオマージュを、マリア・グラツィアはステージでの煌びやかな一面よりも、親密さ、慎み深さで表現しました。ロングドレスではマリア・グラツィアが得意とするドレープ、そして極小のスパンコールや繊細なフリンジを駆使し、アンティークゴールドやシルバーで限りなくシックに。またサテンやベルベットで仕立てたインナーやバスローブ、そしてテーラードスーツの一連は、脆く、かつパワフルなジョゼフィン・ベイカーの二面性を見事に表現しています。そして会場の壁を覆ったのは、ジョゼフィン・ベイカーをはじめとする数人のブラック・アーティストのポートレートの一連にスパンコール刺しゅうを施した、ミカリーン・トーマスの作品。これはショーの後も数日間、会場となったロダン美術館のテントで一般公開されました。
2日目の朝は、シャネル。お馴染みの会場、グランパレ・エフェメールに足を踏み入れると、迎えてくれたのはクロコダイルとラクダの巨大なスカルプチャー。なにやら楽しげな雰囲気です。ショーが始まると、鹿、馬、ライオン、そして象や犬……段ボール紙や木で作った、ユーモラスな動物たちがランウェイに集合。ここ数回メゾンとのコラボレーションを続けているアーティストのグザヴィエ・ヴェイヤンは今回、カンボン通りに保存されているガブリエル シャネルのアパルトマンを訪ね、彼女が愛した動物たちにインスパイアされたとか。この依頼をしたのは他でもない、メゾンのアーティスティック・ディレクターのヴィルジニー・ヴィアールでした。お祭りのパレードを彷彿とさせる雰囲気のセットが揃うと、ランウェイの入り口から、時にはスカルプチャーの中からモデルたちが登場し、まるでバトンガールのよう。ツイードのスーツはショートで若々しく、トップハットやボウタイ、編み上げブーツなどの小物はユニフォームを示唆します。そしてよく見ると、ところどころにスパンコール仕立ての動物のモチーフの刺しゅうが。動物の解釈がスキャパレリとは対照的だったことが話題となりました。
3日目、ヴィクター&ロルフは、昨年に続きプロポーションや角度の強調、そしてアンバランスを追求する姿勢を見せました。シルエットはいずれも、20世紀半ばに典型的だった、ビスチェトップに幾重にもチュールを重ねた釣鐘型スカートのドレス。それらは前後、または左右に体から浮かせたり、斜めに横切るように配されたり。フィナーレではまったく逆さまに纏ったドレスが、大きな拍手を浴びました。
夕方は、期待のジャンポール・ゴルチエ。2020年の引退以降、毎年違うクリエイターとのコラボレーションでクチュールコレクションを続けるようになったメゾン。今回のゲストデザイナーは、ハイダー・アッカーマンです。彼はボーダーやトレンチなどアイコニックなアイテムの再解釈に転ぶよりも、ゴルチエが極めたテーラリングやドレープ使いを追求しました。その研ぎ澄まされた美しさが“今シーズンのベスト・コレクション”と評判を呼んだことに加え、特筆すべきはサウンドトラック。イラン人のシンガー、シルヴィン・ハンジプールによる、イランで宗教警察に殺害されたマフサ・アミニへの追悼歌Braye(For The Sake Of)は、厳かな雰囲気で繰り広げられたショーとともに感動を湧き起こしたのでした。
この夜マニフェストともいえるコレクションを発表したのは、ヴァレンティノ。コレクションのテーマとして掲げた「ヴァレンティノ ル クラブ クチュール」でクリエイティブ・ディレクターのピエールパオロ・ピッチョーリが目指したのは、オートクチュールの閉ざされた世界とクラブシーンの自由奔放さ、つまり対極する世界を共存させること。ラッフルやボウ、羽根使い、大胆なケープなどヴァレンティノらしいディテールやシルエットに、レーシーなボディスーツやテディ風タキシードスーツが加わりました。肌を覗かせるデザインも多く取り入れられ、89ものルックから成るショーは軽快に、ファンキーに展開。このミックスは彼なりの“多様性”の提案かもしれません。一方、社会的取り組みは、環境問題への貢献。ショー会場のセットに使われた素材は、クリエイティブな分野でリサイクルを推進するフランスの非営利団体、La Réserve Des Artsに提供されました。
そして最終日、26日はフェンディへ。アーティスティック・ディレクターのキム・ジョーンズが注力したのは、内面を外に見せるという概念です。内側にも趣向を凝らし、限りなく繊細で軽やかなランジェリー・ルックを提案。その数々を飾るのは刺しゅうやドレーピング、そしてレース、マルケトリーの手仕事。こんな究極のサヴォワフェール讃歌で、オートクチュール・ウイークは幕を閉じたのでした。
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
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