ファッションウィークが始まって、にわかに活気付いてきたパリ。1月から続々とドアを開けた展覧会は、いずれも美術工芸品に見るデザイナーたちの着想源、映画や音楽界におけるコスチューム、デザイナー間の友情など、モードを広義で見せている。

ルーヴル美術館からシネマテークまで。服の見方を変えてくれる五つの展覧会。
ファッションウィークが始まって、にわかに活気付いてきたパリ。1月から続々とドアを開けた展覧会は、いずれも美術工芸品に見るデザイナーたちの着想源、映画や音楽界におけるコスチューム、デザイナー間の友情など、モードを広義で見せている。
ルーヴル美術館初の試み。常設展にモードを交えて。
今年に入ってフランスのニュースを騒がせているのが、ルーヴル美術館。建物の老朽化やオーバーツーリズムによる極度の混雑から貴重な芸術品を守ろうと、国を挙げての巨額な修復予算が検討されているからだ。またマクロン大統領自らの発表によると、近い将来「モナ・リザ」を個室に移す企画が進行中。一方ファション界の視線は、1月に始まった「LOUVRE COUTURE」展に向いている。同美術館としては初めて、モードと文化遺物や芸術品を対話させた展覧会だ。会場は巨大なルーヴル宮全体ではないが、リシュリュー翼とシュリー翼に広がる500番〜631番の部屋(ビザンティン、中世、ルネッサンス、そして17,18,19世紀のロココからネオクラシック、ナポレオン3世様式まで)。このエリアに年代順、様式別に陳列されている家具、絵画、彫像、オブジェなど常設品の配置を変えることなく並置されたのは、1960年〜2025年の服やアクセサリー99点。それらと各部屋や特定の芸術品との関係性は、時には様式全体、または色や素材、形、と多岐にわたる。加えて、服とタペストリーや絵画に、共通の題材が見とれる場合もある。服の背後に潜む(または直接的な)インスピレーションを考察しつつ、展示品が秘める可能性を想像すると、ミュゼの新しい楽しみ方を味わえる。
ちなみにキュレーターは元パリ装飾芸術美術館館長、2022年からルーヴル美術館の美術品部門ディレクターのオリヴィエ・ギャべ。セノグラフィーは「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展のセットデザインで知られるナタリー・クリニエール。この機に同展入り口隣には、アーティストのハリー・ヌリエフによる「Souvenirs of Louvre」のウィンドウとブティックが設置された。ここに並ぶのは、ルーヴル美術館展示品の複製を含む多種多様のオブジェを、彼のシグネチャーであるシルバーに塗ったもの。美術品と現代の日用品の境界線を無くすという視点は、これに先駆けてギャラリー・スルタナで開かれた彼の個展「ウィンドウショッピング」の延長だ。ブティックではキーチェーンやお皿など、ルーヴル美術館からインスピレーションを得たハリーのオリジナルグッズも販売。また同展をきっかけに、ルーヴル美術館では初めてとなる、ガラ・ディナーとアフターパーティが3月4日に開催される。資金集めを目的とするチャリティディナーの例に漏れず、数々の大手メゾンが席を購入して、ゲストたちを招くシステムだ。ニューヨークのMETガラへの匹敵なるか、セレブリティやインフルエンサーたちの顔ぶれやルックが期待されている。
LOUVRE COUTURE展は7月21日まで、Louvre Museumにて。

ロエベ 2024-2025秋冬の“キャヴィア刺しゅう”ドレスは、18世紀のシュヴルーズ公爵の寝室を再現した622番の部屋にて。ドレスの題材となったパグ犬は当時流行した犬の陶器を思わせる。Photo: Minako Norimatsu

カール・ラガーフェルドによるシャネル、2019年春夏オートクチュールのアンサンブル。総刺しゅうのジャケットとオーストリッチの羽のスカートには、18世紀の家具からのインスピレーションが顕著。610番の部屋。Photo: Minako Norimatsu

メゾン マルジェラ 2014-2015年秋冬「アーティザナル」コレクション。 ルイ15世時代のシルクを使ったボディスーツと、ポルカドット風に古いコインを縫い付けたシルクムスリンのスカート。617番の部屋の椅子に張り巡らされたテキスタイルに呼応する。Photo: Minako Norimatsu

鎧や鉄砲が並ぶメタリックな528番の部屋では上を見上げると、パコ・ラバンヌのメタルメッシュのドレス(左)、ロエベのスチールのジャケット&アセテートのショートパンツ(中央、2023-3024秋冬)、ガレス・ピューによるミラー仕上げのポリエチレンを繋げたドレス(右、2011年春夏)が。Photo: Minako Norimatsu

プラダのドレス(2011年春夏)。怪人のマスクを両側から猿が挟むロココ調のアラベスク装飾が、背後のキャビネットや柱時計(共に17世紀)との関連性を示唆する。グラフィックなストライプでコンテンポラリーな仕上がりに。606番の部屋に。Photo: Minako Norimatsu

JWアンダーソンが3Dプリンターで現実化した鳩の形のクラッチバッグ(2022年)は、カトリックの儀式に使われた13世紀のオブジェと並置。503番の部屋。Photo: Minako Norimatsu

519番の部屋には、反芻動物の蹄を思わせるアレキサンダー・マックイーンのパイソンの靴(2011年春夏コレクション)と、蝶やトカゲ、魚の立体的モチーフをあしらった17世紀の皿が。Photo: Minako Norimatsu

507番の部屋に配されたのは、バンビを主役としたジャンシャルル・ドゥ・カステルバジャックによるタペストリー・スーツ(2010-2011年秋冬)。背後に見えるのは、6月の狩のシーンを描いた16世紀のタペストリー。Photo: Minako Norimatsu

Louvre Couture展の入り口隣に設置された、ハリー・ヌリエフによるSouvenirs de Louvreのウィンドウ。Photo: Benoit Florençon-Crosby Studios-Louvre

ハリー・ヌリエフがシルバーにペイントした、ルーヴル美術館の代表作の一つ、「サモトラケのニケ」像の複製。Photo: Benoit Florençon-Crosby Studios-Louvre
“ハートから手へ”。ドルチェ & ガッバーナのアルタモーダ
昨年春にミラノのパラッツォ・レアーレで開かれ、チケットが連日ソールドアウトになる程注目を集めたドルチェ & ガッバーナの回顧展が、パリにやってきた。題して「ハートから手へ」。キュレーションは「クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ」展で知られるフロランス・ミュラー、会場は昨年改装を遂げたばかりのグランパレだ。ドメニコ・ドルチェとステファノ・ガッバーナのインスピレーションは、一貫して彼らのルーツであるイタリア文化。具体的にはローマ帝国時代から近年までに渡る、教会装飾や儀式、オペラ、バレエ、お芝居、アート、建築、民族衣装、そして何よりもドルチェヴィータだ。200点ものアルタモーダ(オートクチュール)作品は、アトリエ再現も含めて10の部屋におよび、ドラマティックなセッティングでテーマ別に展示されて圧巻だ。最初の部屋ではモデル時代から同ブランドのモデルを務め、今でも二人とは親しい画家、アン・ドゥオンによるタブローが壁を飾る。彼女はイタリアとフランスの著名絵画を土台にドルチェ&ガッバーナをまとった自画像、時には二人をモデルとした人物像を絡めた作品を描き続け、ビジターたちをドルチェ&ガッバーナの世界へと招き入れてくれる。これに続く部屋、その上の階、と展示品も演出もイマーシブ。彼らのクラフツマンシップと独特のユーモアが色濃く表現されている。
Du Cœur à la Main(From the Heart to the Hands). Dolce & Gabbana展は3月31日まで
Grand Palais にて。
7, Avenue Winston Churchill 75008

最初の部屋は、アン・ドゥオンとのコラボレーション。壁一面を飾るのは、彼女が本展のために特別に描いた、ドルチェ & ガッバーナをまとっての自画像。Photo: Mark Blower

“Dream of Divinity”(2019-2020秋冬コレクション)は、古代ギリシャ文明の壺に描かれた神々たちにインスパイアされたコレクション。シチリア島にある紀元前5世紀の遺跡、コンコルディア神殿を舞台に見立てたセッティングで。Photo: Courtesy of Dolce & Gabbana

ルキノ・ヴィスコンティの映画「山猫」(19673年)をテーマとした部屋。映画の舞台となったシチリア島パレルモのガンジ宮の鏡の間をイメージしたセットで。Photo: Courtesy of Dolce & Gabbana

室内装飾がドレスになったような、“White Baroque”の部屋。17-18世紀に名を馳せたジャコモ・セルポッタのスタッコ(化粧漆喰)に特化した彫刻や内装にインスパイアされた作品の一連。Photo: Courtesy of Dolce & Gabbana

この部屋も室内装飾とドレスの境界線を越えた例。ドレスの一連を覆うのは、なんと繊細なムラーノグラス。豪奢なシャンデリアと並置して。Photo: Minako Norimatsu
ファンキーな「ディスコ」展
ミュージカル、ロックと言った音楽のジャンルからデヴィッド・ボウイ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドら特定のミュージシャンをテーマにその世界観を多角的に見せる展覧会で知られる、「フィルハーモニー・ドゥ・パリ」。最新の展覧会は「ディスコ」だ。本展では、元々ディスコテック(ナイトクラブ)やディスコグラフィー(音楽のライブラリー)を意味していたこの言葉が1970年代初頭に音楽のジャンルを意味するようになった時代考察が面白い。例えばニューヨーク郊外で台頭したブラック・パワーやLGBTの主張といった社会問題、写真からグラフィズム、キッチュでカラフルなインテリア、それに呼応する派手なステージ衣装など。展示場では多くのビデオクリップが上映され、アバやビージーズのヒットソングも聞こえてくる。とにかく楽しい展覧会だ。
DISCO I’m coming out 展は8月17日まで。
Cité de la Musique - Philharmonie de Paris 221, Avenue Jean-Jaurès. 75019 Paris

ディスコ・ディーヴァのポートレートは様々な形で撮影され、描かれた。グレース・ジョーンズ(左)、デボラ・ハリー(右)、共にアンディ・ウォーホルによるシルクスクリーン。© Joachim Bertrand - Philharmonie de Paris

70-80年代のナイトクラブとそのダンスフロアをイメージしたセッティング。© Joachim Bertrand - Philharmonie de Paris

衣装の数々。右はアレッサンドロ・ミケーレによるグッチ。© Joachim Bertrand - Philharmonie de Paris
「アズディン・アライア/ティエリー・ミュグレー」展
アズディン・アライア自身がコレクターだったことから、アライア財団では歴史に残る服をミュージアム並みに数多く所有している。だからここでの展覧会は、アライアのクリエイションと、または本人と関係のあったデザイナーやミューズ、家具デザイナー、フォトグラファーらの写真や作品に、アズディン・アライアによるドレスを並置して見せることが多い。始まったばかりの展覧会でアズディンと肩を並べるのは、3年前に他界したティエリー・ミュグレーだ。とてもスタイルの違う二人は意外にも親友で、ミュグレーはアズディンの成功のきっかけを作ったとも言われている。二人が出会ったのは1979年。まず、79-80年秋冬コレクションで、ミュグレーは一連のスモーキングの制作をアズディンに託し、コラボレーションを公にした。多くの著名ジャーナリストたちにも働きかけ、アズディンのショーに足を運ぶよう勧めたのもミュグレー。1982年には彼の推薦のおかげで、バーグドーフ・グッドマンからの招待によるニューヨークでのアズディン・アライアのショーが実現した。そればかりか、彼はショーのオーガニゼーションからインタビューの通訳までを買って出たそうだ。ミュグレーは外交的でショーマン、アライアは親密な少数のサークル好み、と性格の違いはあれど、誇張された肩とヒップ、キュッと締めたウエストと言う服の構築性へのアプローチでは共通点がある。アズディン・アライアが遺した200点あまりのミュグレー作品から、本展では40点がアズディンの作品と並置されている。
Azzedine Alaïa / Thierry Mugler. 1980/1990展は6月29日まで
Fondation Azzedine Alaïaにて
18, rue de la Verrerie 75004

上半身をメッシュで仕立てたミニドレスの一連。左と右はティエリー・ミュグレーの1992年春夏「カウボーイ」コレクションより、中央はアズディン・アライア2011年春夏、チュールに“マクラメ”を重ねたドレス。Photo: Minako Norimatsu

アニマル・モチーフ競演。左はアズディン・アライアのジャカードニットドレス(2010年秋冬)、その右と一番右のニットにシークエンス刺繍のドレスと右奥はティエリー・ミュグレー(共に1983年春夏)。中央のパイソン、その右のウールジャージィのドレスはアライア(共に1983年秋冬)。Photo: Minako Norimatsu
「ウェス・アンダーソン」展で彼の世界観に浸る
Accidentally Wes Andersonというインスタグラムのアカウントがある程、ウェス・アンダーソンはそのポップな色彩感覚や世界観で根強いファンを持つ。ビジュアルが先行している感があるものの、家族や友人間の微妙な感情をユーモアを交えて軽やかに描くシナリオにも、彼の映画監督としての力量は確かだ。近年ではシャネルをスポンサーとなし、古い映画の修復や上映、そして映画界の貴重な関連資料の管理には事欠かないシネマテークのこの春の主役は、他でもないウェス・アンダーソン。個展では代表作の上映やトークはもちろん、スチール写真、ドローイングや手帳、セットの一部再現から衣装までが展示され、彼のファンタジー溢れる世界にどっぷりと浸かることができる。
Wes Andersonn展は3月19日〜7月27日まで
Cinemathèque Française
51, rue de Bercy 75012 Paris

ウェス・アンダーソン展のポスター

ムーンライズ・キングダム(2012)より、カーラ・ヘイワード©DR

グランド・ブダペスト・ホテル(2014)より。左からポール・シュレース、トニー・レヴォロリ、ティルダ・スウィントン、レイフ・ファインズ。© 20th Century Fox – Scot t Rudin Productions – Indian Paintbrush – Studio Babelsberg / DR

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/