べルギー・アントワープを拠点とする、ウッターズ&ヘンドリックス(Wouters & Hendrix)。息の長いジュエリーブランドの、エスプリと最新ニュースを紹介する。

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アントワープのジュエリーブランド、 ウッターズ&ヘンドリックス

べルギー・アントワープを拠点とする、ウッターズ&ヘンドリックス(Wouters & Hendrix)。息の長いジュエリーブランドの、エスプリと最新ニュースを紹介する。

シュールなジュエリー、41年の歴史

カトリン・ウッターズとカレン・ヘンドリックスの二人が、アントワープ王立アカデミーの同窓生であるドリス・ヴァン・ノッテンやアン・ドゥムルメステールら「アントワープの6人」と一緒にロンドンでコレクションを発表したのは、ブランド創立2年後の1986年。以来41年に渡る活動において、彼女たちの創造性はまったく色褪せることがない。持ち味であるウィット、そしてストーリーテリングの質の高さは何に基づいているのか。アトリエを訪ねて話をきいた。

「アカデミーで学んだのは、層の厚いクリエーションの組み立て方。たくさんのリサーチをし、深みのあるストーリーを立ててデザインすることでした」。こう語るのは、カトリン。「毎回のコレクションは、新しいチャレンジ。顧客の皆さんは私たちのジュエリーをつけることで、それぞれのストーリーのドアを開けるのです」。彼女とチームを常にインスパイアし続けるのは、ベルギー文化の根底に流れるシュールレアリスム。「特に好きなのは、詩的なルネ・マグリット(René Magritte)、コンセプチュアルなマルセル・ブロータス(Marcel Broodthaers)、そしてユーモアのセンスで秀でていたメレット・オッペンハイム(Meret Oppenheim)」。

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ウッターズ&ヘンドリックス、ブリュッセルのブティックはシュールなインテリア。Photo: Courtesy of Wouters & Hendrix

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ウッターズ&ヘンドリックス、アントワープのブティックの、グラフィカルなショーウインドウ。Photo: Minako Norimatsu

本社で目にした、ムードボードとアトリエ。

毎回のコレクションは、ストーリー性のあるムードボードが出発点。2025年春夏では、セイラーや港と言った要素を、タトゥーからチェーン、そしてリボンまで、タフとスウィートを交錯させ、さまざまなモチーフに発展させた。きっかけはブリュッセルのハート・ミュージアム(Art and History Museum の一部)で見た、ハート形のクッション。ここには心臓専門医が収集していたハート形のオブジェや工芸品が500あまりも展示されている。例のクッションには、船乗りがお母さんを恋しがりつつ自分は一人前になって行くよ、と言うメッセージが刺しゅうされていた。反抗期のティーンネイジャーがよく口にする言葉“No Mom, it’s not just a phase”なるコレクションのキーワードは、ここからきている。

ブランドのもう一つの真髄は、熟練した職人たちを抱える自社アトリエ。ドローイングは描かずメタルをハンマーで叩いて直接形を作ることから始めるカレンにとって、手作業ができるアトリエは特別な意味を持つ。アトリエを定期的にビジターに公開するのは、そのためだ。「人手不足やコスト高でクローズするアトリエが多い中、仕事場を見てもらうのはとても大事なんです」と、カトリン。

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最新コレクションのキャンペーンフォト。チェーン・イヤリングは海のテーマを象徴する。Photo: Salmiak Studio

 

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本社ショールームには、ムードボードを背景に新作が並ぶ。思えば、アントワープも昔ながらの港町だ。Photo: Minako Norimatsu

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ムードボードには、セーラーのポートレートから彼らのタトゥー、ロープのノットの図解まで。フリーマーケット好きのカトリンのコレクションから、重厚なチェーンに支えられたディスプレー台も、このテーマにマッチした。Photo: Minako Norimatsu

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タトゥーと、リボンに記してスウィートに仕上げた“No Mom…”とのコントラストがウッターズ&ヘンドリックスらしい。Photo: Minako Norimatsu

ファインジュエリー・コレクションから、鳥の爪をユーモラスにデザインした“グリグリ”のメイキングオブ。

言葉遊びをタイトルに、ホームジュエリーとコラボリング。

ウッターズ&ヘンドリックスのユーモアのセンスは、しばし言葉遊びに象徴される。昨年11月に発表されたテーブルウェア、“ホームジュエリー” コレクションは名づけてムールヴェルソン(Mouleversant)。ベルギー名物で彼女たちのコレクションのキーモチーフでもあるムール貝と、フランス語で“感動的な”を意味する bouleversantをかけ合わせた言葉だ。コレクションにはシュールレアリスム・タッチが色濃く、食器やオブジェの一連ではエレガントな曲線を描くリップや手の形が認識できる。

もう一つの言葉遊びは、EssenceのEを自身を強調して I に置き換えた、リッソンス(L’Issence)。同郷のモデル、ハナロア・クヌッツ(Hannelore Knuts)とのコラボレーションで5月22日にリリースされた2つのリングの名前だ。売れっ子モデルとして世界中を飛び回るうちに、エッセンシャルオイルの力に静謐なマインドを求めるようになったハナロア。彼女はさらにメディテーションを極め、果ては自ら教えるようになった。そこで思いついたのが、カーミング効果のある香りを肌身離さずつけていられる、“香るリング”。カトリンはエッセンシャルオイルに浸した棒芯を内蔵できるシステムを、約二年かけて開発した。好奇心を原動力としたウッターズ&ヘンドリックスの冒険は、これからも私たちを驚かせてくれるに違いない。

*本誌8月号(6月23日発売)のジュエリー特集では、ハナロアが自らL’Issenceリングをつけて、彼女流のロックなファイン・ジュエリーの纏い方を披露してくれる。

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ハナロアとのコラボレーションリング、L’Issenceのキャンペーン・ビジュアルはオランダのアーティスト、ヴィヴィアン・サッセンの撮影。Photo: Viviane Sassen

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2000年代にはシュプールの表紙を飾ったこともある、エッジー・モデルの一番手、ハナロア・クヌッツ。現在はモデルを続けつつ、メディテーションのインストラクター。Courtesy of Hannelore Knuts

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限定版L’Issenceリングは2種類。左、ゴールド・プレイテッドの本体にサンストーンのカボション(1550€)。右:スターリング・シルバーの本体にラブラドライトのカボション(1250€)。共に両脇はアイオライト。公式サイトのe-shopと直営店にて。

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ファッション・ジャーナリスト 乗松美奈子

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/

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