4月末にオープンし、5月初旬のヴェニス・アートビエンナーレでアートピープルからも絶賛された、ドリス ヴァン ノッテンのアート財団とは?
4月末にオープンし、5月初旬のヴェニス・アートビエンナーレでアートピープルからも絶賛された、ドリス ヴァン ノッテンのアート財団とは?
激動のヴェニス・アートビエンナーレに先んじての、オープニング
ヴェニスで第61回アートビエンナーレが始まった。現代アートのオリンピックとも言われ、半年以上もの間続く複合展覧会のオープニングウィークには、毎回世界各国からアート関係者を中心に多くの人々が集まる。今回の異例な政治色の強さは、まずオープニング前の審査委員会の総辞任に示された。人道的観点で国際的に告発されている指導者の国が、何ごともなかったかのように参加して金獅子賞の審査対象になっている事実に反発を示した結果、イスラエルのアーティストと法的にもめそうになったからだ。そしてプレビューが幕を開けるとロシア館は、プッシー・ライオット(ロシア出身の女性活動家コレクティブ兼パンクロックグループ)とフェーメン(ウクライナのフェミニスト集団)による抗議デモが群衆にも飛び火したことにより、閉鎖。イスラエル館も抗議運動を受けて閉鎖し移動が検討されている。
こんな状況から、今年のビエンナーレのオープニング参加者たちの眼差しはアートからややぶれている感がある。とは言え異口同音に絶賛されているのは、ドリス ヴァン ノッテン財団初の展覧会、題してTHE ONLY TRUE PROTEST IS BEAUTYだ。彼が2年前に自身のファッションブランドのデザイナーの場を退いて同プロジェクトにとりかかった頃は、今回のビエンナーレの波紋については知るよしもなかっただろうが、偶然にもタイトルはプロテスト(抗議)と言う言葉を含んでいる。1960代のシンガーソングライターで反戦活動家、故フィル・オクス(Phil Ochs)の名言「In Such Ugly Times, The Only True Protest Is Beauty」からの引用だ。ただしドリスは今の時代の醜い部分については言及するまでもない、とネガティブな冒頭句は略した。最初は準備にあたってのマニフェストだったのを、展覧会を象徴するのにこれ以上に適した言葉はない、と関係機関に許可を取って正式にタイトルとしたとか。では彼は何に対するプロテストが“美”だと考えるのか?「私たちが探求しているのは答えではなく、問いかけとしての“美”です。現実逃避ではなく、向き合うこと。美によって曖昧さ、ゆっくりとしたテンポ、そして矛盾が可能となり、美が解決策を提示するよりも心を揺さぶる時、それはちょっとしたプロテストとなるのです」。ドリスは、公式共のパートナー、パトリック・ファンヘルーヴェ(Patrick Vangheluwe)と共にこう語る。
The Only True Protest Is Beauty展の準備風景 Photo: Courtesy of Fondazione Dries Van Noten
ピザーノ・モレッタ宮のファサードの前で、ドリス・ヴァン・ノッテン。Photo: Camilla Glorioso
グランカナル側から見たピザーノ・モレッタ宮 Photo: Courtesy of Fondazione Dries Van Noten
ピザーノ・モレッタ宮内部。Photo: Camilla Glorioso
The Only True Protest Is Beautyが意図するところ
“挑発”を意図するThe Only True Protest Is Beautyの表現方法は、単にきれいなものを羅列するのではなく、相反するものを一つのシーンに共存させて強い感情を呼び起こすこと。キュレーションはドリス自身。ドリスとは長年の付き合いで開催中の「アントワープ6」展でもキュレーターを務めたヒエールト・ブルロートゥ(Geert Bruloot)もアドバイザーとして参加した。展示品は、現代と過去の両方から抜粋した、クラフツマンシップが生きるアート。65人(またはブランド、コレクティブ)による200余りの作品のカテゴリーはジュエリー、絵画、写真、セラミック、インスタレーション、ファニチャー、グラスウェア、スカルプチャー、服までに渡る。コスチュームでドリスが選んだのは自身のアーカイブズではなく、コム デ ギャルソンと、2020年春夏コレクションのコラボレーション・コレクションで組んだことがあるクリスチャン・ラクロワのみ。パレスチナの若手デザイナー、アイハム・ハッサン(Ayham Hassan)による一点も加わった。
栗原香織(Kaori Kurihara)による炻器と金箔、銀箔加工のスカルプチャー Pierrot fleuri, 2025 (Courtesy of Kaori Kurihara)。 背景はピザーニ・モレッタ宮に遺された、ヴェニスの老舗織物工房Bevilacqua による布貼りの壁。Photo: Matteo de Mayda
23歳のアーティスト、ジョゼフ・アルズマノフ(Joseph Arzoumanov) による、ゴールド、シルバー、マザーオブパール、ジェムストーンから成るチェスL'Échiquier des Songes, 2026 。AIでプログラミングしたメカニズムで、駒が移動する。(Courtesy of Joseph Arzoumanov) Photo: Courtesy of Fondazione Dries Van Noten
アン・キャリントン(Ann Crrington)によるPersian Slipper, 2026 はシルバーやニッケルの無数のリサイクルカトラリーから成る。(Courtesy of Ann Carrington) Photo: Matteo de Mayda
ヴァージニア・レオナール(Virginia Leonard )によるA Frock Will Hide All Those Sticky Out Bits He Said, 2026 (粘土、ブリキ、レジン)。Courtesy of Virginia Leonard and Side Gallery Photo: Matteo de Mayda
パラッツォで展開される、ドリス自身によるセノグラフィー
ピザーノ・モレッタ宮の元来の姿を最大限に生かしたセノグラフィーも、ドリス自身によるもの。ヴェニスの中心地、グランカナルに面した同宮殿は1480年の建造で、元々はゴシック様式。1730年に地元の裕福なマダム、キアラ・ピザーニにより、当時の最高峰の職人技術を駆使してのロココ様式に改装されている。手の込んだストゥッコ(漆喰細工)の天井やフレスコ画、ムラノグラスのシャンデリア、大理石のマーケトリーに溢れたこの宮殿は、主張のある作品の数々が思いがけないハーモニーを生み出す環境として、最適だったのだ。ちなみに言わずと知れた美しい観光都市であるヴェニスをドリスとパトリックが財団のホームに選んだのは、古くから職人たちの手仕事が盛んで、同時に現代アートのメッカであり、人々が自由に交流することから。3フロアに渡る20の部屋に設置されたインスタレーションは、“光と闇”、“バリエーションと逸脱”、“カオスと秩序”、”貴重で平凡“、”ゴールドとクリムゾン・レッド“など詩的なテーマで展開されている。
The Only True Protest Is Beauty展は10月4日まで。(冬季は改装を兼ねてクローズ)
Fondazione Dries Van Noten
Palazzo Pisani Moretta
San Polo, 2766, 30125 Venice, Italy
左からコムデギャルソン(2025 年春夏コレクション)とジュリアン・ディス(Julien d'Ys) によるヘッドピース(Courtesy of Comme des Garçons )、クリスチャン・ラクロワ(2004年秋冬オートクチュールとファビオ・ペトリによるウィッグ(Courtesy of Christian Lacroix, STL group )、ケイト・マッグワイア(Kate MccGwire)による羽のSTIFLE2008 (Private collector )Photo: Matteo de Mayda
コムデギャルソンと対照的に見せたのは、アイザック・モンテ(Isaac Monté 、ギャラリーSpazio Nobile) による培養クリスタルのスカルプチャー。Photo: Minako Norimatsu
新旧の椅子の部屋にはコムデギャルソン(2020年秋冬コレクション、Courtesy of Comme des Garçons)とウェンディ・アンドルー(Wendy Andreu)によるEmpire Ghost (手前中央)、ソンリ・チョイ(Seongil Choi )によるHardened Mesh Chair, Red, 2026 (中央左、共にCourtesy of Uppercut)Photo: Minako Norimatsu
クリスチャン・ラクロワのコスチュームと、ピーター・ブッゲンフート(Peter Buggenhout)のスカルプチャー。Photo: Minako Norimatsu
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/