1984年、パリ生まれ。ベルギーの美術学校ラ・カンブルを卒業。バレンシアガでインターンを経験し、ラフ シモンズ、メゾン マルジェラ、セリーヌでキャリアを積む。ラフ・シモンズ時代のカルバン・クラインでデザイン・ディレクターを担い、2020年にボッテガ・ヴェネタへ。2021年からクリエイティブ・ディレクターを務める。
東京の桜が満開を迎えた頃、ボッテガ・ヴェネタのクリエイティブ・ディレクターとしてマチュー・ブレイジーが初来日。見晴らしのよいラウンジで彼を待っていると、爽やかな笑顔と軽やかな足取りでやってきた。紺色のシンプルで上質なニットに、デニムと見紛うレザーパンツ、足もとはイントレチャートのスリッポン。そこに、20世紀中頃に活躍したフランス人アーティスト、リーン・ヴォートランによるブレスレットを合わせている。参政権運動を行う女性たちをモチーフにしたデザインは、稀少なコレクターズアイテムでもあり、アートに造詣が深い彼らしいセンスが光る。さっそく、発表を終えたばかりのコレクションから、両親の教え、次なるビジョンまで話を聞いた。
芸術への興味、関心がクリエーションの起点
取材の直前、マチューのインスタグラムでBTSのRMを起用したキャンペーンビジュアルが公開された。2月末に行われたWinter 23コレクションにも列席していたが、過熱を極める各ブランドのセレブリティ戦略において、とりわけ相性のいいコラボレーションに感じられる。アート好きとして知られるRMを抜擢した理由を尋ねた。
「BTSについては誰もが知っていますよね。僕の場合はニューヨーク・タイムズ紙のインタビューを読んで、RMのアートに対する面白い視点に興味を持ちました。何度か彼と電話で話をするうちに、一緒に何かをやろうよと、まずは僕がショーに招待したんです。バックステージでは、会場や彫刻にすごく関心を持ってくれたので、その話をしました。彼はスーパースターだし、僕はファッションの世界にいるけれども、話す内容はアートや、文化的なこと、旅行についてなど、共通の興味に関して。会いたい者同士がやっと会えたという感じ。仕事以上の友情を深められるような感覚でした」
「人はいつからシックになる?」問いから始まったコレクション
イタリア三部作のラストと位置づけた最新のWinter 23コレクションは「パレード」と題し、部屋着姿の女性からおしゃれな実業家、神話のクリーチャーまで多様な人々が登場。ファーストルックは、シュミーズとベッドソックスという起き抜けのスタイルに驚かされた。
「『人はいつからシックになれる?』という疑問からコレクション制作がスタートしました。家にいるときからシックになれるのか、それともドレスアップした段階で初めてなれるのか。朝のいつのタイミングなのだろう。ソックスをはいてシャツを着ただけでシックになれるのか。男女が一夜をともにしたあとにシャツだけ引っかけてコーヒーを飲んでいるときは? などとチームで考えを巡らせました。自分の個性、魅力を発揮できるのはいったいいつなのかと。家の中でも、美しさを引き出せる瞬間が始まっているんじゃないかなと考えたんです」
"Look twice"の教えが多様性を尊重するきっかけに
マチューのクリエーションにはもうひとつ着想源がある。イタリアのカラブリア地方の神話にも登場する人魚。実は幼少期から好きだったという。
「子どもの頃、人魚姫のビデオを親からもらいました。実は、1975年に作られた日本のアニメーションだったんですよ! もう夢中になって見ていました。人魚は最後、人間になりたいと言って変身しますよね。私たちも、ドレスアップすることで、自分がなりたい自分になれる。変貌するという服の力と重なります。個人的な好みと思い出、そして神話というものが絡まり合って、重要なキーワードになっています」
前出のウンベルト・ボッチョーニの作品も両親から教わった。「芸術にヒエラルキーはない」という親の思想に強く影響を受け、フラットで多様性を重視することは当たり前だと思い育った。
「両親とはよく旅行に行きました。贅沢はせず、とにかくいろんな場所でいろんなものを見る。アフリカや北京、アメリカにも行きました。教会を見た次は寺院を見て、美術館にも行って……"世界を見なさい"と。それで、少しずつ自分なりの視点で物事を見られるように。特によく言われた言葉は、"Look twice"。美的・感覚的に子どもが拒否反応を示したときに、"もう一度見てみなさい"と。そこに何かがあるかもしれないよ、という感じでしょっちゅう(笑)」
偉大なデザイナーたちから学び、新たなビジョンを描く
就任から1年半とは思えないほど、見事なクリエーションを展開するマチューは、ラフ・シモンズ、フィービー・ファイロ、ダニエル・リーと、時代を牽引してきた錚々たるデザイナーのもとでキャリアを築いた。
「たくさん学ばせてもらいました。それぞれが独自のアプローチを持っていて、リサーチの仕方も違うし、生地への反応も違います。でも一番勉強になったのは、自分自身について学ぶことができたこと。偉大な人たちと仕事をし、少しずつ自分の意見を持てるようになり、自分にとって有効な手段は何か、わかってきたと思う。もちろん彼らから得たものも多くありましたが、あえて踏襲しなかったこともあります。そういうふうに自分のやり方を作っていきましたね」
自分のやり方、とマチューが語る中に、ソックス同様、Tシャツ、シャツ、デニムといったカジュアルアイテムをレザーで作るという手法がある。
ブランドの真髄を体現するバッグ制作への熱い想い
ミラノでのショー翌日に行われた展示会場を訪れると、マチューの私物というボッテガ・ヴェネタのヴィンテージのバッグが新作の列に並んでいた。
「実は裏話があって、ヴィンテージストアであのクロコダイルのボッテガ・ヴェネタのバッグを見つけてひと目惚れしたんですよ。経年変化の艶のような質感や、使い込んだ風合いに惹かれました。あれを展示することによってメッセージを伝えられると思ったんです。20年経っても、今でも意味を失っていない。ボッテガ・ヴェネタの製品は、ポップであったり、美しかったり、機能性もありますが、加えて、古くなっても常に価値があり、今でも美しい。子どもに譲っても、またそこで新しい物語が作られるというのがいいですよね」