2023.04.26

【ボッテガ・ヴェネタ】を率いる、マチュー・ブレイジーに東京で独占インタビュー! 

【ボッテガ・ヴェネタ】クリエイティブ・ディレクター、マチュー・ブレイジー
Matthieu Blazy マチュー・ブレイジープロフィール画像
ボッテガ・ヴェネタ クリエイティブ・ディレクターMatthieu Blazy マチュー・ブレイジー

1984年、パリ生まれ。ベルギーの美術学校ラ・カンブルを卒業。バレンシアガでインターンを経験し、ラフ シモンズ、メゾン マルジェラ、セリーヌでキャリアを積む。ラフ・シモンズ時代のカルバン・クラインでデザイン・ディレクターを担い、2020年にボッテガ・ヴェネタへ。2021年からクリエイティブ・ディレクターを務める。

東京の桜が満開を迎えた頃、ボッテガ・ヴェネタのクリエイティブ・ディレクターとしてマチュー・ブレイジーが初来日。見晴らしのよいラウンジで彼を待っていると、爽やかな笑顔と軽やかな足取りでやってきた。紺色のシンプルで上質なニットに、デニムと見紛うレザーパンツ、足もとはイントレチャートのスリッポン。そこに、20世紀中頃に活躍したフランス人アーティスト、リーン・ヴォートランによるブレスレットを合わせている。参政権運動を行う女性たちをモチーフにしたデザインは、稀少なコレクターズアイテムでもあり、アートに造詣が深い彼らしいセンスが光る。さっそく、発表を終えたばかりのコレクションから、両親の教え、次なるビジョンまで話を聞いた。

芸術への興味、関心がクリエーションの起点

取材の直前、マチューのインスタグラムでBTSのRMを起用したキャンペーンビジュアルが公開された。2月末に行われたWinter 23コレクションにも列席していたが、過熱を極める各ブランドのセレブリティ戦略において、とりわけ相性のいいコラボレーションに感じられる。アート好きとして知られるRMを抜擢した理由を尋ねた。

「BTSについては誰もが知っていますよね。僕の場合はニューヨーク・タイムズ紙のインタビューを読んで、RMのアートに対する面白い視点に興味を持ちました。何度か彼と電話で話をするうちに、一緒に何かをやろうよと、まずは僕がショーに招待したんです。バックステージでは、会場や彫刻にすごく関心を持ってくれたので、その話をしました。彼はスーパースターだし、僕はファッションの世界にいるけれども、話す内容はアートや、文化的なこと、旅行についてなど、共通の興味に関して。会いたい者同士がやっと会えたという感じ。仕事以上の友情を深められるような感覚でした」

BTSのリーダーRM

BTSのリーダーRMもショーに参加。「彼はクールで、本当に素敵な人でしたよ」とマチュー

アフリカのアートと文化を研究する歴史学者の母、プリミティブアートの専門家の父という両親のもと、マチュー自身も美術学校で芸術を学んだ。だからこそ、彼が描くボッテガ・ヴェネタには、アートからの着想が根底に流れている。最新コレクションの会場にも、デビューからの2シーズンを象徴するウンベルト・ボッチョーニの作品が置かれていた。

イタリア人アーティスト、ウンベルト・ボッチョーニの《空間における連続性の唯一の形態》(1913)

会場に設置された、イタリア人アーティスト、ウンベルト・ボッチョーニの《空間における連続性の唯一の形態》(1913)

「芸術の歴史を考えると、イタリアはとても大事な場所であって、その中でもボッチョーニは、モダニティを作った人だと思います。特に《空間における連続性の唯一の形態》は、20世紀初頭の新しい流行や、コミュニケーション方法、車という移動手段などを踏まえ、彼が自分なりに生きている世界を捉えて作り上げたものだと感じます。ボッテガ・ヴェネタにとっては、バッグがとても重要なのですが、誰もが持って移動するものなので、共通点がある。世界観を構築するにあたり、いい土台になると思いました。さらに、ブロンズの美しい経年変化は、まさにブランドが目指す姿。とても関連性があると思っています」

「人はいつからシックになる?」問いから始まったコレクション

イタリア三部作のラストと位置づけた最新のWinter 23コレクションは「パレード」と題し、部屋着姿の女性からおしゃれな実業家、神話のクリーチャーまで多様な人々が登場。ファーストルックは、シュミーズとベッドソックスという起き抜けのスタイルに驚かされた。

「『人はいつからシックになれる?』という疑問からコレクション制作がスタートしました。家にいるときからシックになれるのか、それともドレスアップした段階で初めてなれるのか。朝のいつのタイミングなのだろう。ソックスをはいてシャツを着ただけでシックになれるのか。男女が一夜をともにしたあとにシャツだけ引っかけてコーヒーを飲んでいるときは? などとチームで考えを巡らせました。自分の個性、魅力を発揮できるのはいったいいつなのかと。家の中でも、美しさを引き出せる瞬間が始まっているんじゃないかなと考えたんです」

ボッテガ・ヴェネタ 23 Winterコレクションのファーストルック

Winter 23コレクションのファーストルック。デビューから3シーズン連続、トップバッターにはイタリア人モデルのパオラ・マネスを起用

ここでいうソックスは、マチューが仕掛けた"ファニーゲーム"で、さわるまで気づかないレザー製。「定番中の定番に至極のクラフトを掛け合わせてみました。着用している自分にしかわからない。その上、実はレザーなのだとわかると、人が"えっ!"と驚きさわってくれる。それがとても楽しいですね」

ボッテガ・ヴェネタのベッドソックス

冒頭に登場したベッドソックスは今季最も注目を浴びたアイテムのひとつ。さわるまで素材がレザーだとわからない

続くクリーチャーのようなルックの数々に至っては、「大人にとってエンパワーしてくれるコスチュームはないだろうか」という疑問から始まった。

「子どもはバットマンのような衣装を着ると力が湧いて楽しい気持ちになりますよね。同じように、力と喜びを与えてくれる服を大人に向けて作りたかった」

ボッテガ・ヴェネタの赤いドレス

極端なシルエットが目を引く赤いドレス。「着られないのが残念なほど、このドレスはとても美しい」とマチュー

3シーズンの発表を終え、アートに根差した明確な世界観でボッテガ・ヴェネタを刷新したマチュー。新章に向けて、SPURだけにヒントをもらった。

「イタリア人モデルのパオラ・マネスで幕を開け、三部作ラストのショーはリウ・ウェンで締めくくりました。もしかしたら、また始まるかもしれないし、違う場所に行くかもしれない。ひょっとしたら、古い場所を訪れるかもしれない。今は、これしか言えないですね(笑)」

ボッテガ・ヴェネタ リウ・ウェン

ラストを飾ったのは中国人トップモデルのリウ・ウェン。ファーストシーズンを想起させるスタイルにレザーシャツを腰巻き

"Look twice"の教えが多様性を尊重するきっかけに

マチューのクリエーションにはもうひとつ着想源がある。イタリアのカラブリア地方の神話にも登場する人魚。実は幼少期から好きだったという。

「子どもの頃、人魚姫のビデオを親からもらいました。実は、1975年に作られた日本のアニメーションだったんですよ! もう夢中になって見ていました。人魚は最後、人間になりたいと言って変身しますよね。私たちも、ドレスアップすることで、自分がなりたい自分になれる。変貌するという服の力と重なります。個人的な好みと思い出、そして神話というものが絡まり合って、重要なキーワードになっています」

前出のウンベルト・ボッチョーニの作品も両親から教わった。「芸術にヒエラルキーはない」という親の思想に強く影響を受け、フラットで多様性を重視することは当たり前だと思い育った。

「両親とはよく旅行に行きました。贅沢はせず、とにかくいろんな場所でいろんなものを見る。アフリカや北京、アメリカにも行きました。教会を見た次は寺院を見て、美術館にも行って……"世界を見なさい"と。それで、少しずつ自分なりの視点で物事を見られるように。特によく言われた言葉は、"Look twice"。美的・感覚的に子どもが拒否反応を示したときに、"もう一度見てみなさい"と。そこに何かがあるかもしれないよ、という感じでしょっちゅう(笑)」

ボッテガ・ヴェネタ 23 Winterコレクション

Winter 23コレクションで登場したルック。鱗のようなニットと尾ひれのようなスカートはまるでアートピース

偉大なデザイナーたちから学び、新たなビジョンを描く

就任から1年半とは思えないほど、見事なクリエーションを展開するマチューは、ラフ・シモンズ、フィービー・ファイロ、ダニエル・リーと、時代を牽引してきた錚々たるデザイナーのもとでキャリアを築いた。

「たくさん学ばせてもらいました。それぞれが独自のアプローチを持っていて、リサーチの仕方も違うし、生地への反応も違います。でも一番勉強になったのは、自分自身について学ぶことができたこと。偉大な人たちと仕事をし、少しずつ自分の意見を持てるようになり、自分にとって有効な手段は何か、わかってきたと思う。もちろん彼らから得たものも多くありましたが、あえて踏襲しなかったこともあります。そういうふうに自分のやり方を作っていきましたね」

自分のやり方、とマチューが語る中に、ソックス同様、Tシャツ、シャツ、デニムといったカジュアルアイテムをレザーで作るという手法がある。

ボッテガ・ヴェネタ マチュー・ブレイジーのデビューコレクションのファーストルック

デビューコレクションのファーストルック。パンツはラムレザーに精巧なデニムプリントを施したもので、モード界を驚かせた

「最初にボッテガ・ヴェネタのチームを見たときに、みんなデニムとTシャツ姿だったんです。普段着ですね。これを究極のラグジュアリーにするにはどうしたらいいかなと考えました。そして、キャロリン・べセット=ケネディ。彼女はすごく美しくてTシャツとデニムをスタイリッシュに着こなしていた。思えば、1950年代から今日において、このスタイルは決して流行遅れになったことはない。時代を超えているんです。ボッテガ・ヴェネタの考えるタイムレスとは、まさにこういうことなのだと思っています」

さらに、コレクションでは五分五分で新しいものと既存のものをミックスして提案している。サステイナビリティの意識も自然体だ。

「半年ごとにコレクションが変わる今の業界の流れというのは、ちょっと違うのではないかと考えています。作る側の責任として、買ったものが5カ月だけじゃなくてもっと長い間意味を持ち続けるようにする責任がある。僕自身も、1年前に自分がした仕事を考えたいし、それが現時点でもちゃんと機能するようにしたい。積み上げることによってさらに輝きを増すようなストーリーを作りたいです」

ブランドの真髄を体現するバッグ制作への熱い想い

ミラノでのショー翌日に行われた展示会場を訪れると、マチューの私物というボッテガ・ヴェネタのヴィンテージのバッグが新作の列に並んでいた。

「実は裏話があって、ヴィンテージストアであのクロコダイルのボッテガ・ヴェネタのバッグを見つけてひと目惚れしたんですよ。経年変化の艶のような質感や、使い込んだ風合いに惹かれました。あれを展示することによってメッセージを伝えられると思ったんです。20年経っても、今でも意味を失っていない。ボッテガ・ヴェネタの製品は、ポップであったり、美しかったり、機能性もありますが、加えて、古くなっても常に価値があり、今でも美しい。子どもに譲っても、またそこで新しい物語が作られるというのがいいですよね」

ボッテガ・ヴェネタ 23 Winterコレクションのバッグ

ヴィンテージのバッグから着想し、経年変化の美しさを追求したバッグ。Winter 23コレクションより

ボッテガ・ヴェネタ ビッグサイズの「アンディアモ」

同コレクション内では、ビッグサイズの「アンディアーモ」をクラッチのように持たせた

数年前、ヴィチェンツァの工房を取材した際、職人たちは「デザイナーの斬新なアイデアに応えるのは大変だけれど、すごく楽しい」と語っていた。

「工房は相変わらず日差しが心地よく美しい場所。これまで制作したバッグには全部思い入れがありますが、"カリメロ"は、本当にクラフツマンシップの限界に挑んでいます。"サーディン"は、技術的には簡単に見えるかもしれないけれど、最初は鋳型で作ろうと思ったのがうまくいかず、ひとつずつ変えることに。だからハンドメイドなんです、取っ手の部分は。ひとつとして同じものはない。"アンディアーモ"は万能であることを目指しました。子連れの親は、あの中にすべての荷物が入れられる。また、シックな装いの日は小さいタイプが似合う。男性が女性の持っているバッグを借りたり、逆の場合でもOKというふうに、さまざまな目的に適うように工夫しました。それぞれに挑戦や冒険があり、簡単なプロセスではないので、職人たちとの協働はやりがいがあります」

ボッテガ・ヴェネタ「サーディン」

「サーディン」の新作は、取っ手がムラーノガラスにアップデート

ボッテガ・ヴェネタ「カリメロ」

アイコニックな「カリメロ」は最新コレクションでもニューカラーで登場

旅先では真っ先に現地の書店を訪れるというマチュー。東京では神保町の小宮山書店を満喫したという。写真撮影はやや苦手で控えめな性格だが、芸術とクラフツマンシップへの情熱は計り知れない。ヒエラルキーのない視点で彼が指揮するラグジュアリーブランドの未来に、期待が膨らむばかりだ。

中目黒の桜とマチュー・ブレイジー

中目黒の川沿いに咲く満開の桜を見に。SPURだけにプライベートショットを公開してくれた

植田正治作品集

本好きのマチューが推薦する一冊。鳥取県出身の写真家の傑作を精選した『植田正治作品集』植田正治著、飯沢耕太郎、金子隆一監修/河出書房新社※品切れ・重版未定