2016.02.07

記号としての香り

サンタ・マリア・ノヴェッラの「Pot-Pourri(ポプリ)」。
それは、言わずと知れた名香。学生のときに初めて出会って、驚きました。世の中にはこんなにも美しいフレグランスがあるのかと。清潔感があるのに複雑な含みがある。フィレンツェの丘に咲く野生の草花や実、樹脂を集めて、つぼのなかで約1ヶ月間じっくりと寝かせることで生まれる、非常に深みのある香りです。


そしてファッション業界で活躍する、あるいはファッションを愛する人々のなかには、この香りを漂わせているひとが多い気が。しかも、佇まいはとても静かで穏やかだけれども、一筋縄ではいかない何かを内に秘めたひと。わたしのなかでこの香りはずっと、「おしゃれです」という記号のようなものだったんです。当然買わずにはいられません。玄関にこのポプリをそっと置いてみたりして……。ところがあることをきっかけに、外でこのにおいがすると危険信号を感じるようになってしまったのです。

ある日友人を自宅に招いたとき、玄関に入るなりこの香りに反応して、「あっ、これ!○○のにおい」と叫ぶんですよ。で、その○○が、最初は優しかったにもかかわらず、ときが経つにつれて徐々に冷たくなっていき、最後には悲しい別れをむかえたという元恋人の名前なんですね。最初は、服装もこなれていて素敵、と好きになった。音楽にも詳しくて、家では聞いたこともないようなアンビエント・ミュージックなんかが流れていて。だけど彼は……以下省略。
しかもこういう「元彼のにおい」発言が一人からではなく、三~四人からあったんです。そのせいで、わたしは仕事で、街で、この香りを漂わせるひとに出会うたびに、勝手に身構えるようになってしまいました。このひと、おとなしい顔をしているが、じつはめちゃくちゃデンジャラスなひとなんじゃないか。実は裏で恋人を泣かせているのでは。妄想が膨らんでしまうのです。ほんと、すみません……。そんなこんなでPot-Pourri(ポプリ)は、「おしゃれなひとの香り」という記号を経て、「おしゃれで危険なひとの香り」へと変化していきました。

これだけ言っておいてなんですが、やっぱりこの香りのことは好き。今も部屋の片隅にこっそり置いております。だって香り自体に、罪はないですから。

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エディターITAGAKI

ファッション、ビューティ担当。音楽担当になったので耳を鍛えてます。好きなものは、色石、茄子、牧歌的な風景。