夏が来れば思い出す

　夏は記憶を刺激される季節だな、と思います。
　むあ～っと暑いなかで受験勉強をしたこと、照りつく日差しを感じながら撮影をしたこと、お気に入りの靴を履いているのに夕立にあってしまったこと。どの季節も変わらないようで、夏は、ふとした瞬間に数年、あるいは数十年前のことを思い出す機会が多いように思います。
　こんなことを考えたのは、先月、ロベール・ルパージュ作・演出・美術・出演の舞台『887』を見に行ったから。

　これは、年を重ねて記憶力が衰えたと嘆くルパージュ本人が主人公。“Speak White”という詩の暗誦を頼まれたにも関わらず、なかなか覚えられない彼は、子供の頃に住んでいた、ケベック・シティのマレー通り887番地のアパートの一部屋一部屋と詩のフレーズをひも付けて覚えることを思いつきます。そこから展開されるのは、記憶をめぐる壮大なドラマ。たった1人で演じているのですが、最初はルパージュの自叙伝だったものが、1960年代から独立問題に揺れるケベック州の歴史の話になり、そもそも人間（あるいは脳）はなぜ記憶するのかという哲学的考察にまで広がっていきます。
　見終わった後には、長い長い物語を読破したような、圧倒的な読後感。残念ながら日本公演は終わってしまいましたが、記憶することの意味を考えるきっかけに。