スティングの呼吸ぜんぶ

が、そのままダイレクトに受け止められるぐらいの距離でした。

昨晩の話です。「スティングのワインの夕べ」といった趣向の集いにご招待いただきました。

参加者の数はおよそ30人ほど。端正なスーツ姿で登場したスティングは、その場全員、なんとひとりひとりに挨拶し始めたではありませんか。

なんという贅沢。所作すべてが凄かった。マジックみたいでした。トスカーナに所有するワイナリー「イル・パラジオ」との出会いは20年ほど前の話だそうで「前オーナーがギャンブルのためにまとまったお金が必要になったということで、売却したいという話を持ち込まれたんだ。先に畑のワインの味を試さなければ決められないよ、ということで試飲したみたところ、この味が実に素晴らしい。それならばと土地を購入したのだけれど、畑で採れるワインはちっとも美味しくないんだよ。そこで担当の醸造家になんであのときの味とこんなに違うんだと聞いたら、『シニョール・スティング、それは当たり前ですよ。だってあのときのワインはバローロだったんですから』。これはリベンジするぞとカリフォルニアのバイオダイナミック農法の専門家と一緒に一から畑を作り直して、出来たのがこのワインなんだ」。

と、あの乾いた声で語りながら、スティングが近づいてくるんですよ。あぁもう、そんな近くに立たないでほしい。グラスを持つ手は震え、両目ともにほぼ白目になった次の瞬間、スティングと自分の距離はおよそ30センチ。大スターの吐息がかかる距離のところで、視線が真っ直ぐに向いている状況は今、思い出しても現実だったとは思えない。

ファンクラブに入っていたこと。初めてのライブのときはスティングに会うんだからと目一杯のおめかしをして出かけたこと。今日は気持ちを整えるために丸の内線に乗ってきたこと。走馬灯のように想いが駆け巡り、どもりながら何を口走ったかはよく覚えていません。「と、トスカーナのイングリッシュマンっていうのは、ど、どどういう暮らしなんでしょうか」と本当にどうしようもない、帰宅直後に枕に顔を突っ伏してギャーと絶叫レベルの愚問しか言えなかった自分を心から恥じてます。ただ、私が履いていたチャーチのゴールドのオックスフォードシューズを褒めてくれたことは鼓膜の奥のレコーダーに永久録音され、昨日のその瞬間から私の靴は「普通のチャーチ」から、「スティングにナイスと言われた特別なチャーチ」に劇的に格上げされました……。

ひととおりスティングのワインを試しましたが、右端の「シスター・ムーン」がスパイシーな重さがあっていちばん美味しかった。価格は¥6800、問い合わせ先は輸入元のジェロボーム社。スティングのワインを、スティングと同じ部屋で飲んだシュールな時間。約25年前の自分に教えてあげたいです。

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エディターIGARASHI

おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。

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