MATCHAであって、抹茶じゃない。それがこの香水のすべてです。
大好きなモデルのひとりに、アヌーク・ルペールがいます。ハイモードを着崩した私服が素敵で、おしゃれスナップをしたのは数え切れないし、建築に造詣の深い彼女がデザインした構築的なイヤーアクセサリーを取材したことも。その後、カバーガールとしてSPURに登場したとき、何か記念になるものを、と京都の朱の汁椀を贈りました。10年近く経ったある日、彼女のベルギーの自宅のインテリア記事を発見。モダンな室内は研ぎ澄まされたモノクロームで、隅のほうに赤い何かが見えるんです。目を凝らすと、あのときのお椀じゃないですか。遥かベルギーまで旅したうつわが暮らしに溶け込んでいたことも嬉しかったけれど、恐らく小物入れとして使われている佇まいが新鮮で、それはもう、私の知るありきたりの漆椀ではない。本来の用途を超え新しい、折衷的な美を見出されている光景に、はっとしたんです。
自分が実に「和」だと、「日本的」だと思っていたものが、外の世界の人々の手に触れ、まったく違う魅力を放つさまを見た瞬間でした。似た感覚を覚えたのが、ル ラボの新作、THÉ MATCHA 26に出会ったとき。私たちが慣れ親しんでいる深草色の、香ばしい芳香を想像してシュッとすると、「えっ?」とボトルを二度見することになります。これが、ル ラボがル ラボたるゆえん。ル ラボの手にかかると抹茶、いやMATCHAはこうも自由な香りになってしまうのです。例えるのなら、こう。生まれは、宇治あたり。静謐な所作が印象的で、内に好奇心を秘めた若者は、アジアを経てヨーロッパとアメリカで暮らし、学び、酸いも甘いも経験して、今は東京で働いている―そんな「帰国子女」な人がフレグランスになったら、きっとこんな感じ。
冒険心に富んだMATCHAは、香りのレシピも繊細で、複雑です。まず意気投合したのは、フィグ。お茶の名前をうたいながら、無花果の風を吹かせるトップノート、確信犯としか言いようがありません。やがてグリーンのティーアコードを下地に、ベチバーとシダーウッドが顔をのぞかせる。苦味のあるオレンジもほのかに走ります。東でも西でもないやさしいアーストーンのMATCHAカクテルをワンプッシュすると、せわしない街中でも通勤中でも一瞬で、呼吸がふーっと穏やかになる。そう、心が守られている実感を約束する、不思議なアコードなんです。お茶というルーツに、これだけ内省的な所作や思考を呼び起こす力があることにも、毎回しみじみ驚いています。同時に、ル ラボが得意とするウッディトーンのさじ加減は健在で、浮足立ったところがまったくありません。そういえばROSE 31もそうでした。「この香水、本当にバラなんですか?」と声を上げたほどのひねり技に一本取られた、あの嬉しい裏切りもやはりル ラボだったな、と。
突然ですが、私は長年のSANTAL 33のヘビーユーザーです。NYの出張中、ドアマンに「サンタルでしょ?」と当てられたことがあるし、エレベーターに乗って「サンタルつけてるの、誰?」とつぶやかれたこともあります。ファッション業界にはル ラボの名作SANTAL 33の愛用者は数多く、サンタルのドッペルゲンガー現象が多発するのが、“ファッションウィークあるある”。香水が被ったときに「あなたも、わかってますね?」と思わず目配せしてしまう魅力はこのブランドにはあって、クラシックコレクションはほぼ全種類制覇しているし、新しい街に出張する際は、その土地限定の「シティ エクスクルーシブ」は現地で試すようにしています。ル ラボファンとして断言してしまうと、ウッディ系のSANTAL 33やTHÉ NOIR 29が好きなら、新作THÉ MATCHA 26を試して間違いがない。心を落ち着かせ、心を守るモダンなウッディノートは日常が動き始めた今こそ、私たちに必要なアミュレットに違いありません。
思えばひとりの時間がとても長い2年間でした。出社すればオフィスは独り占めだし、会議はオンライン。人と会う機会が減るほど、香水の消費量も激減――とはならず、かえって香水パラダイスな在宅ライフを送りました。「香害」のリスクもないのでそれはもう、たっぷりと。SANTAL 33のキャンドルを久々に引っ張り出して瞑想ごっこも満喫したし、HINOKIのシャワージェルを奮発して、出張先のホテル気分も思い出すことも。自宅でひとり、香りの邂逅を楽しんだ時間を経てそろそろ、アレが恋しくなってきたわけです。「あなたも、ル ラボですね?」の、アレです。声を掛ける勇気はなくとも、チラッとアイコンタクトをする感覚。近しい人ならば「香水、なにつけてるの?」とこっそり聞いてしまうあの背徳感。
新しい日常が再開しています。もし、ナイトアウトシーンですれ違った素敵な誰かから静かなMATCHAの余韻を感じたら。その風を集めて、「あなたもですね?」の目配せをしてみたい。前よりももっと良くなっているはずの新しい日常を夢見ながら、そう思うのです。
【ショップリスト】
ル ラボ 代官山
ル ラボ GINZA SIX
ル ラボ 京都
ル ラボ 阪急うめだ本店
ル ラボ 高島屋大阪店
ル ラボ 日本橋三越本店
おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。