就職してしばらくした頃、グッチのペンケースを買った。華やかな店内で接客をしてくれたお姉さんが、「珍しいですね、ペンケースを一番に買われるなんて」と興味深い目で微笑んだ。「シャンパンゴールドがお薦めですよ。私も大好きな色なんです」と丁寧にペンケースを包んでくれた指先を、今でもよく覚えている。
友人たちが自分へのご褒美にブランド物の財布やバックを買うなか、私はペンケースを買おうとずっと前から決めていた。日頃から文章を書くことが大好きな私にとって、ペンケースは自分らしさを象徴するアイテム、ファッションの一部とも言えるものだった。なのでグッチのペンケースを買った日は、特別な記念日になった。
文章のコンテストに応募して落選した時も、このペンケースを触るとやる気が湧いた。人を惹き付ける文章が書きたいという思いを、いつでも思い出させてくれた。数年前、文学賞を受賞して彦根の表彰式に招かれた時も、だからこのペンケースは持っていった。忙しいスケジュールで何を書くでもなかったけれど、緊張していた私を、ペンケースは少し落ち着かせてくれた。これからも、このグッチのペンケースは私のモチベーションを高めてくれる、良き相棒だ。
(熊本県 28歳 麻生水織)
※この企画は毎月最終日曜日20時に公開していきます。次回は10月29日(日)20時公開予定です
日本発のモード誌『SPUR』は参加型の新企画「SPUR ナショナル・ファッションストーリー・プロジェクト」を2016年4月より始動しました。このプロジェクトは、皆様のファッションにまつわるエピソードを、SPURが物語としてまとめていくものです。お寄せいただいたエピソードのうち、こちらのコーナーでご紹介させていただいた方には、同時に掲載する描き下ろしイラストをポストカードにしたものと、iTunesギフト1,500円分を差し上げます。性別や年齢は問いません。あなたのファッションとのエピソードを応募してみませんか? 詳しくは特設ページにて。