ジル サンダーのショートブーツ ― いちばん好きな服 ―

 東京の帝国ホテルの地下には、靴磨き屋さんがある。

 3泊滞在した東京旅行の宿泊先であった帝国ホテルで、私はその靴磨き屋さんを初日に見つけた。物凄く興味があったが、決して笑顔を振りまかない昔気質の職人を前に、こんな若造が気軽にお願いできる様子はなく、磨いてもらうことを諦めた。しかし、東京の街を楽しんでいる間も職人さんの無骨な後ろ姿は脳裏に焼き付いていて、ふとした時に思い出した。

 チェックアウトを済ませた最終日の昼過ぎ、私は勇気を振り絞り、ついに靴を磨いてもらうことにした。東京旅行中、毎日履いていたお気に入りのジル サンダーのショートブーツを靴磨きのおじさんに委ねた。右足側から丁寧だが素早く、磨いていく。迷いのない手の動きに私は感動した。

 私の後ろで待っていたお客さんは、職人さんと交わす挨拶を見る限り常連さんのようだ。散髪された白髪、べっ甲の丸めがね、仕立ての良いスーツに身を包んだその常連さんは、社会に出ると偉い立場の人なのかもしれない。だけどこの靴磨き屋さんの前では、若造の私もその常連さんも同じ。序列なく淡々と靴が磨かれていくのだ。

 きっとこの靴磨きのおじさんは、今まで色んな靴を磨いてきて、色んな人生を目撃してきたのだろう。次も、またこのジル サンダーのブーツをおじさんの前に差し出そう。磨きながら、この人はどんな人だろうと顏を上にあげてもらえるくらい、靴に面白い人生の跡を残していこうと決意した。

(大阪市 23歳 kimi

※この企画は毎週日曜日20時に公開していきます。次回は4月30日(日)20時公開予定です

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