母の振袖 ― 家族が着ていた服 ―

 成人式は浴衣を着た。私が生まれた土地は、1年の半分を雪で覆われるような場所で、昔は今のように交通手段も発達していなかったから、雪の影響で地元に帰れない人が大勢いたらしい。その名残で、いまだに成人式は毎年8月に行われているためだ。

 高校卒業と同時に上京し、都内の女子大に進学したけど、成人式が夏にある子なんて私くらいで、1月に見かける真っ白のファーをつけた女の子たちに随分憧れた。そんな経緯で、振袖というものには縁がない。実家にあった母の振袖以外には。

 働きながら保育士の資格を取った母は、当時住んでいた関東の成人式に参加するために、ローンを組んで自分で振袖を買ったそうだ。「本当は別の、総絞りのものが欲しかったんだけど、すごく高くてこっちにしたの」と笑いながら、話してくれた。

 去年の夏、一番上の兄が結婚することになり、せっかくの機会だから振袖を着たくて、「ねえ、あの振袖着られないかな?」と実家に電話をかけると、すぐに父が送ってくれた。友人と並んで嬉しそうに微笑む、20歳の母の写真と一緒に。30年近く前の振袖は、薄紫色を基調とした総柄で、時代を感じさせない優しく上品な華やかさを持っていた。

 結婚式当日、控え室で着付けをしてもらっていると「あの頃頑張って買った振袖を娘が着てくれて嬉しい」と話す母の声が聞こえた。これから先、私にも娘が生まれたらぜひ着て欲しい。その時は、父が送ってくれた母の写真も見せると思う。この振袖が一番似合う、20歳の母の姿がそこにはあるから。

(東京都 25歳 Y.S

※この企画は毎月最終日曜日20時に公開していきます。次回は8月27日(日)20時公開予定です

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