カルティエの腕時計 ― いちばん高い服/安い服 ―

 花の仕事は、体力仕事で、水仕事。パリに花留学し、研修を終えてフリーのフローリストとして独立してからも、腕時計はずっと防水のデジタルウオッチでした。それがある日、バイト先のインテリアショップで、同僚のイタリア人男性がバッサリ「その時計は、君らしくないよ。もっとエレガントでシックなものがいい」と一言。その場では「だって水に濡れてしまったら……」と反論したものの、ずっとその言葉が引っかかっていました。

 花の仕事では、服装は機能性が第一、黒い服でなければいけない、エレガントで繊細なものは身につけてはいけない……なんて、実はただの思い込みなんじゃないか。美しくて心地の良いものを身につけて仕事をしたっていいじゃないか。何よりも、一番大切なことは、自分らしくいることなのではないか。そう気づいた頃、帰国中に偶然立ち寄った東京のセレクトショップで出合った、カルティエのヴィンテージの腕時計。まさに自分の思い描いていた理想のかたちが、そのガラスケースの中で時を刻んでいました。もうすぐ30歳という節目を迎えることもあり、勇気を出して購入。仕事のときにそれを身につけるのは、さらに勇気がいったけれど、意外と水をかぶることもなく、気にならないもの。それよりも変わったのは、日頃の自分の心持ち。固定概念に囚われず、自分らしく。この時計に似合うように、背筋を伸ばして歩いて行きたいと思うようになりました。

(maisonlouparis 29歳 東京都)

※この企画は毎週日曜日20時に公開していきます。次回は11月20日(日)20時公開予定です

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