向田邦子さんのエッセイに「手袋を探す」というものがある。簡単に要約すると気に入った手袋が見つからず、ひと冬を手袋なしで過ごしてしまった、という話だ。私はそこまで手袋にこだわりをもったことがなかったので、とても印象的でずっと覚えていたのだが、ある日エルメスの手袋を買ってみようか?と思いついた。というのも、私はめったにものをなくすことがないのだが、手袋だけはひと冬にひとつは(時にふたつのときも)必ずなくすので、自分自身に注意を促すためにエルメスの手袋を持っていたらなくさないのではないか?と思いついたからだ。たぶん20代前半の頃のこと。
エルメスのショップに赴き、手袋の値段を確かめると当時の私にはとても手が出ない値段だということがわかった。そして高価なものだからといくら気をつけるにしても、万が一なくしたら?と思うと到底買うことはできなかった。その後ニューヨークに拠点を移し、毎年のように片方の手袋をなくし続けながら20年あまりの時が経過した。40代も半ばになり、片方だらけの手袋の山を見ながら、私にとっての究極の手袋はやっぱりエルメスなのだろうか?と考える。「手袋を探すというのは、単に手袋だけのことではないかもしれない」と上司に言われてはたと自分を振り返った向田さん。私も子どもの頃から洋服が好きで適当なものでは我慢できなかったことや、フリーランスで物書きをしているという自分と(僭越ながら)向田さんを重ね合わせる。妥協して手頃な手袋をするか? それとも本当に自分が気に入った手袋が見つかるまで待つか? 手袋の問題は生き方の視点でもあるのだ。
とはいえ、向田さんのように手袋なしで過ごせるほど、ニューヨークの冬は甘くない。さて、今年はどんな手袋を買おうか、日に日に寒さが増す満月の夜、そんなことを考えながら過ごしている。
(NY在住ジャーナリスト 市川暁子さん)
― 期間限定 ―
SPURスタッフの冬の服のはなし
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