先が見えない時代のファッションは世界の混乱を反映するか、もしくは、現実から目を背けさせようとするものだ。今シーズン、ファッションはかつてないほどに時代の様相をまざまざと映し出している
リック・オウエンスの、穴だらけのTシャツにキャンバス地のどこかみすぼらしいドレス。アレッサンドロ・ミケーレ率いるグッチの、目がくらむような装飾ときらびやかさで、エルトン・ジョンのステージ衣装を彷彿とさせる服。正反対の要素ばかりが目につく2018年の春夏コレクションに一貫したテーマは見あたらなかった。そこにあるのは虐げられたホームレスのようなスタイルと、現実離れしたファンタジックなスタイルの、二極化した世界だった。コム デ ギャルソンの川久保玲は、“ルネサンス絵画×漫画”という両極の要素をミックスしたプリントや、チープなプラスチック玩具を重ねたヘッドピースを発表。その“過剰さ”は画家ヒエロニムス・ボスの風変わりな幻想世界を思わせた。一方、その世界と対極的に、ミウッチャ・プラダはスーパーヒロインのコミック柄を、バレンシアガのデムナ・ヴァザリアはチープなアクセサリーや紙幣柄のプリントを取り入れた。EU離脱問題を連想させるユーロ紙幣やドル紙幣がプリントされたブラウスやスキニーパンツ風ブーツや、けばけばしいドレスを見る限り、従来のラグジュアリーというコンセプトは風化し、影を潜めてしまったようだ。
それなら、今のファッションとはいったい何なのか。デザイナーたちは先の見えない時代を前に「闘争・逃走反応」(怒りや恐怖を感じた動物が示す適応反応)を示しているようにも見える。ドラマティックな表現が好きなデザイナーのなかには、すでに世界の終わりが到来したと考えている人もいるようだ。ヴァザリアはバレンシアガのバックステージで「ファッションは僕らが生きる世界を映し出すものだ」と言った。そのショーは不穏なムードで、真っ暗な舞台には煙が立ち込め、トリップ・ホップ(ヒップホップをベースにした電子音楽)の不吉な轟音が響いていた。これから何か危険が起きようとしている雰囲気を表したくて」。ヴァザリアはそう説明する。そこに感じられたのは「目前の世紀末的危機」というより「その危機がほどなく訪れそうな兆し」だった。
アート、文学、映画はしばしば、“世界の終焉”をテーマにする。昨年だけでも、このテーマを扱った作品は少なからずあった。たとえば、カナダ人作家マーガレット・アトウッドの小説『侍女の物語』を原作としたテレビドラマ。この物語が予言するディストピアはとてつもなく不気味だった。昨年9月には、ニューヨークのシッケマ・ジェンキンス・ギャラリーで、米女性アーティスト、カラ・ウォーカーの壁画が披露された。ゴヤの《黒い絵》を思わせる壮大な連作には、人種問題が招いた現代の内戦の顚末が描かれていた。米アーティストのジョナサン・ホロヴィッツは、炎が空一面を覆うなかで、ゴルフをプレーしつづけるトランプ大統領の加工写真を披露。さらには、ネオンがまたたく末世の悪夢を描いた映画『ブレードランナー』の続編が公開された。一方、ファッションの世界では、ネガティブな終末論は普通めったに見られない。ファッションはこれまで楽観主義とファンタジー、それから最も重要な要素である、未来を予見する力で成り立ってきたからだ。(その他のブランドもチェックする)
SOURCE:「It’s The End Of The World As We Know It」By T JAPAN New York Times Style Magazine BY ALEXANDER FURY, PHOTOGRAPHS BY MARTON PERLAKI, STYLED BY MALINA JOSEPH GILCHRIST, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO AUGUST 15, 2018
その他の記事もチェック
T JAPANはファッション、美容、アート、食、旅、インタビューなど、米国版『The New York Times Style Magazine』から厳選した質の高い翻訳記事と、独自の日本版記事で構成。知的好奇心に富み、成熟したライフスタイルを求める読者のみなさまの、「こんな雑誌が欲しかった」という声におこたえする、読みごたえある上質な誌面とウェブコンテンツをお届けします。