2020.03.14

ニコラ・ジェスキエール、かく語りき<前編>

ニコラ・ジェスキエールは確固たるビジョンで現代のファッションを作り替えた。その影響は今のモードの底流に広く深く根づいている


 パリのセーヌ河右岸から150メートルほどの場所にルイ・ヴィトンの本社がある。コーニス(壁の帯状の装飾)を設けた18世紀の建築物で、上階からはノートルダム大聖堂が鮮明に見える。ここで今年2月に、「ルイ・ヴィトン」ウィメンズ アーティスティック・ディレクター、ニコラ・ジェスキエールに会った。彼にどうしても見てほしいと言われて窓の外を見ると、大聖堂の尖塔と鐘楼がどんよりした冬空のなかで光り輝いていた。軽く頭を振って肩をすくめたジェスキエールは、口にはしないものの、自分の幸運に感じ入っているようだった。突出した美しさを誇る“文化遺産”を眼前にしながら、まさかそれを見ないなんて無粋だと言いたげにも見えた。

画像: NICOLAS GHESQUIÈRE(ニコラ・ジェスキエール) 2019年7月16日、パリのパーク・フローラルにて撮影 GHESQUIÈRE’S HAIR: ALEXANDER SOLTERMANN. GROOMING: MIN KIM

NICOLAS GHESQUIÈRE(ニコラ・ジェスキエール)
2019年7月16日、パリのパーク・フローラルにて撮影
GHESQUIÈRE’S HAIR: ALEXANDER SOLTERMANN. GROOMING: MIN KIM

 ノートルダム大聖堂の大火災は、それから2カ月後、4月15日に起きた。ジェスキエールのチームは普段は夜遅くまで仕事をしているが、18時半頃に火事が起きたとき、すでに全員帰宅していた。「アトリエには誰も残っていなかったんだ」と彼は当時を振り返る。「奇妙なものさ。あの日は僕が『さあ早めに切り上げよう、今日やるべき仕事は終わったから』と言って。そんなことめったにないんだけど」。彼が普段暮らすマレ地区のアパルトマンが改修中のため、仮住まいにしていたホテル「ブリストル」に着くと、すでにノートルダムは炎に包まれていた。最上階のスイートルームからはもくもくと立ち上る煙が見えた。LVMH会長兼CEOで、ジェスキエールにとってボスであるベルナール・アルノーが、ノートルダム再建に向けて2億ユーロの寄付を決断したのは、それから数時間後のことだった。

 その後、数週間にわたって、政治家、活動家、美術史家、都市設計家、慈善家たちが、856年の歴史を誇るノートルダムを具体的にどう再建すべきか論議を交わした。まさに国家的関心事になり、火災前の姿に戻すべきだという人もいれば、もともと数世紀がかりで各時代の要素を寄せ集めた建造物なので、いっそ現代風に再建すべきだと考える人もいた。なかには焼け落ちた木材は動かさずにそのまま置いておこうと訴える小さな活動団体もあった。建築における「メメント・モリ(註:いつか滅びることを忘れるなというラテン語の警句)」というわけだろう。5月下旬にジェスキエールに再会したとき、彼はこんなふうに言っていた。「時代を映し出した、興味深い論争だったよ。忠実に復元すべきだと主張する人と、進化させるべきだという人がいて」。「僕自身はとにかく超近代的なノートルダムを夢見ている」とつぶやくと、彼は少しバツが悪そうに微笑んだ。「パリにもっとモダンな建造物があればって思っているから。時代の先端を突っ走るような建築家にデザインしてもらいたいね」

 たわいのない、その場限りの話に聞こえるかもしれないが実はそうでない。この会話にはフューチャリスティックなデザインで有名な、ジェスキエールらしい視点が感じられる。「コレクションは時代錯誤的な服から創り始めることが多い」という彼が、ルイ・ヴィトンに着任したのは2013年。165年の歴史を誇る一流ラゲージブランドに来る前は、「バレンシアガ」に在籍していた。ルイ・ヴィトンと同様に高名なこのフランスのメゾンで、彼は1997~2012年までの15年間、アーティスティック・ディレクターを務めていた。ジェスキエールはフランスらしい豪奢さとクラフツマンシップを尊重しつつ、同時にそれらをアップデートするという課題をいつもさらりとやってのける。「いま当たり前とかクラシックと思われているものも、過去には目新しい存在だったから」。彼がよく言うフレーズだ。

 ジェスキエールは気の利いた比喩を使う。ところどころにたとえ話を取り入れた説明は論旨明快で、知的で説得力がある。一般的にデザイナーにはこの向きがあるが、彼のたとえ話は聞く人を納得させる。ほかのデザイナーとは違って、業界用語(“カラーストーリー”“テイストレベル”など)を使ったり、ムードボード(註:デザインの方向性を示す写真などのコラージュ)を言葉に置き換えてイメージだけを語ったりはしない。ジェスキエールが伝えたいのは、彼の考え方なのだ。

 現在48歳の彼はデザイナーとしてのキャリアを、マーベル(註:映画製作スタジオも所有する米国のコミック出版社)の話になぞらえる。マーベルは、大型作品の製作経験に乏しい、独立した若い映画監督を起用して、映画史上初の超大作シリーズを創出していることで有名だ。また、こうした若手映画監督の活躍がハリウッドで主流になりつつもある。「もし僕が監督か俳優だったら、“最初はインディーズ系の小規模な作品を手がけていた。それが注目を浴びて、サンダンス映画祭に招かれ、配給会社を見つけて、ついに大ヒット作を生んだ”って感じになるかな」。彼は自身のたどってきた軌跡をこんなふうに表現するのが得意だ。(続きを読む)

SOURCE:「Nicolas GhesquièreBy T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY ALICE GREGORY, PHOTOGRAPHS BY PIETER HUGO, STYLED BY MELANIE WARD, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO DECEMBER 25, 2019

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