私たちが活動範囲を狭めながらも暮らせるのは、ドライバーやメッセンジャーたちのおげ。SPURでは、ハードな労働環境の中、走り続ける女性たちに着目。プロたちへのリスペクトと共感を胸に、モビリティウェアでかなう快適なリアルスタイルのヒントを見つけよう。
デリバリーヒーローたちの物語
現場を全力で疾走する二人のストーリー。同業者からも共感を呼ぶ 彼女たちの高い志は、デリバリー業界の未来を明るく照らすはず。
業界の課題は明確!
ドライバーの環境改善に尽くす
自身がトラックドライバーの職を離れて7年たった今も、橋本さんは運送業界の現状を発信し、問題提起を続けている。予期せず父の工場を継ぐことになり、製造した部品を自ら納品するために中・長距離のドライバーになった。2013年に工場を閉め、ようやく自分の夢をかなえられると渡米した先で執筆業を開始。思いどおりにネタが集まらなかったときに苦肉の策でトラックをテーマに執筆したのが、今の発信につながるきっかけだった。
「過去の苦労話を世に出すと、ドライバーさんたちから“よく言ってくれた”と反響がありました。それから、“橋本さん、これも聞いて”って、相談してくれる人が増えていったんです」
最近の話で言えば、通常はガソリンスタンドで借りられるシャワールームが、感染症の拡大防止のため閉鎖された。その影響で、車中泊を1週間続けることもあるドライバーたちは、公衆トイレなどで体を洗う日々を送ったと聞かされた。
「涙が出るような話なのに、それでも皆さん笑ってるんですよ。そうやって乗り越えられるのは、心の底に社会インフラを支えているというプライドがあるからだと思います」
また、現役ドライバーと交流を続ける彼女には、詩が添えられたきれいな朝日の写真がメールで届くこともある。
「運転中はずっと一人。そのときに何をするかって、とにかく考えるんですよ。自分や社会のことを考えながら一本道を走る。そこにロマンもかけ算されて、自分の哲学が生まれるんです。だから彼らの話には周りに引けを取らないような思考力があって、アーティスティックな人がすごく多いんです」
過酷な環境ながら、解決すべき問題は明確だ。“送料無料”という言葉をなくし、彼らの収入を上げ、安心して入浴ができるジムをサービスエリアに導入する。この3つをかなえるまで、橋本さんは筆を執り、走り続ける。
橋本愛喜さん
元トラックドライバー・フリーライター
大阪生まれ。元工場経営者、元トラックドライバー、元日本語教師。ブルーカラー、労働、文化差異、差別、災害対策、ジェンダーなどを軸に執筆。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)。
顔の見える人から人へつなぐ。
デリバリー文化を守りたい
日本最速の女性メッセンジャーといわれるYUKIさんだが、意外にも学生時代はスポーツとは無縁だった。武蔵野美術大学に在学中に、ギャラリーに勤務しながらメッセンジャーとして働く人を知り、興味を持つように。
「デザインの仕事をしてたのですが、一度は体を動かす仕事をしてみたくて。ちょうどその頃、メッセンジャーを募集している会社を情報誌で見つけたんです。初めは数カ月経験してみよう、くらいの感覚で飛び込みました」
きっかけは偶然だったが、彼女の好きな世界とやはり親和性が高かった。
「2005年にニューヨークでメッセンジャーの大会があったんです。発祥の地での開催ということもあって、何千もの人が集まっていました。レースだけではなくて、アートの展示スペースがあって。メッセンジャーをしながら、写真やイラストで表現をしている人が多いことを知り、自分の好きなカルチャーに近いと思いました。ピストバイクを知ったのもそのときで、日本に帰ってから初めて一台組みました」
その後、2009年に初出場した公式の世界大会で入賞。女性でも男性と対等に戦えることを示したかったのだという。会社に所属してメッセンジャーを続けた後、今ではフリーランスとなり、アート活動も行い、新たなメッセンジャー像を体現している。
「人から人へ、人力だけで物を運ぶ。そういうアナログで手ざわり感のあるところが魅力だと思っています。メッセンジャーを続けるのは、労働者という位置に身を置いていたいからでもあるんです。労働者階級の人がステータスを上げていくような社会になっていかないと、世の中は変わらない。アートやzineの制作もしていますが、そういうものも労働者から生まれてほしいという願いがあります」
書類が電波で運ばれるようになっても、YUKIさんに共感し、指名する人々の発注が今日も彼女を走らせる。
YUKIさん
メッセンジャー
武蔵野美術大学卒業後、デザイナーを経て、2005年よりメッセンジャーを始める。世界各国のメッセンジャーレースにて上位入賞。Yukhinx名義で、メッセンジャーの経験をアート作品に落とし込んで発表している。
SOURCE:SPUR 2020年12月号「彼女はデリバリーヒーロー」
photography: Tetsuo Kashiwada 〈KiKi inc.〉(model), Yuka Uesawa (portrait) styling: Lisa Sato 〈bNm〉 hair & make-up: Yoshikazu Miyamoto 〈bNm〉 model: SONYA, Hiromi Ando edit: Akiko Fukunaga