時を経るからこそ価値が出る服がある。ヴィンテージを知り尽くした世界中のプロに今、最も市場で注目されているブランドをリサーチ。珠玉の名品が出揃った。
Part 3 エディター成瀬浩子さんに聞くジャパン・ヴィンテージ再評価
日本にも時代を何歩も先取りしていたデザイナーたちがいた。
アイデアが豊富な日本ヴィンテージの底力
SPUR(以下S)成瀬さんは80年代〜90年代前半の日本ブランドのヴィンテージに注目されているとか?
成瀬(以下N)思い返してみると、その頃の国内外のファッションは黄金時代でした。特に日本では川久保玲さんや山本耀司さんの活躍に続けとばかりに、多様なブランドが生まれていたんです。
S その中から、どのようなブランドに注目すべきでしょうか?
N 自分が服を買うときはトレンドではなく、100年たってもこの服が好きでいられるかという気持ちが重要なんです。そういう視点から選んでみたのですが、私が変わらず好きなのはSHIMURA。
S ’92 年に「毎日ファッション大賞」を受賞した伝説のブランドですね!
N はい。志村雅久先生は生地の落ち感や特性などをすべて把握して、立体裁断で服を作る本当のクチュリエでした。
S 今日、成瀬さんがお持ちになられた私物のジャケットやセットアップは、現在にも通用する美しさですね。
N 志村先生はあらゆるアートに詳しく、とても先見の明を持った方。90年代初めには、これから女性が社会に出て、男性と肩を並べて活躍する時代になるということを見越してデザインされていました。
S 当時の服にしては、肩パッドがないというのも珍しい。
N あの頃はバブル期特有の肩肘はった構築的なデザインが多かったですよね。でもSHIMURAは余計なディテールを取り払っていて、今見てもシックです。
S トキオクマガイの靴はデザインがとても斬新。これ白鳥なんですね。
N 私、面白がりやなので、この人は何を考えてこのデザインにしたんだろうということにもすごく興味があって。登喜夫さんは1984年には樹脂で作られた“食べる靴”シリーズも有名。当時の日本人デザイナーにはいない、独特な発想力で気になっていたんです。
S 服も手がけられていたんですか?
N 男性服はセンシュアルで女性服はストイックなムード。ジェンダーにとらわれず、境界を超える挑戦をされていました。
S そして、そのトキオクマガイでアシスタントを務めていたのが松島正樹さん。
N マサキマツシマはメンズ仕込みのテーラリングが上手で、私が持っていたのはピンタックが入ったシャツ。松島さんはすごくディテールに凝る方で、美は細部に宿るという言葉を思い出させます。写真のジャケットはボディは麻みたいなハリのある素材、アーム部分はウールと季節感と異素材をミックス。でも、シルエットはきれいに作られていてさすがです。
S KISSAの靴は、今っぽいですね。
N 80年代、街ではオフィスで働く女性たちはみんなパンプスを履いていた印象でしたが、KISSAの靴はメンズぽくてガシガシ歩けて、おしゃれな服にも合わせられるデザインで新鮮でした。
S この靴は底がラバーで歩きやすそう。
N デザイナーの高田喜佐さんが考える靴はオリジナリティがあって、いつもワクワクさせてくれましたね。
S 最後はファイナルホームですね。
N 忘れもしない、1994年。世間がまだバブルの余韻で浮き足立っていた頃にファイナルホームがデビューする展示会に参加したんです。当時は服は着て楽しむもので、陽気な面しか見えていなかった時代。そんなムードの中発表されたこのナイロンコートは“究極の家”と名付けられた都市型サバイバルウェア。ポケットに新聞紙を詰めれば防寒着になるというコンセプトに驚きました。
S 災害の多い時代ですし、今こそ必要になってきそうですね。
N あの時代にそれだけ突き詰めて考え抜かれたコンセプトというのは、再評価されるべきなんです。このコートは当時買っておけばよかったと後悔してます。
S 機能的でスポーツウェア風のデザインとの融合という点でも、今の服みたい。
N そうなんです。ここに紹介したブランドには、共通して古くならない服の本質の強さがあります。志村先生はいつもファッションは時代を映すもので、提案する側は何歩も先を見極めないといけないと語っていました。オンリーワンのコンセプトを持っているからこそ、歳月を超えて着られる服になっていったのだと思います。そういう服をひとつずつ集めていくことで、自然と自分のスタイルができてきたんだなと感じています。
Profile
成瀬浩子●編集者・ライター。文化出版局『装苑』編集部を経て、フリーランスに。SPURの立ち上げから今日まで誌面作りに関わってきた。ファッションのみならず時計・ジュエリーの分野でもマイブームを探究中。
SOURCE:SPUR 2021年8月号「『本当は教えたくない』ブランド」
photography: Sho Ueda styling: Momoko Sasaki text: Michino Ogura cooperation: PROPS NOW TOKYO