まるで彫刻のように、着る人のボディラインを美しく演出し、内なる自信を引き出してくれるアライアの服。「ウィンター・スプリング22」コレクションから、クリエイティブ・ディレクターにピーター・ミュリエを迎え、さらに進化したメゾンの魅力に迫りたい
1991年秋のコレクションを彷彿とさせる、ハートを半分にしたようなシェイプでバスト部分を覆ったボディスーツ型のオールインワン。その上に伸縮性に優れた薄手のドレスをレイヤード。ボディそのものがオブジェのよう。
メゾンのシグネチャーである端正なテーラード技術に惚れぼれするシンチウエストのミニドレス。セーラーカラーのように見える襟は、ムッシュ アライアの故郷、チュニジアに着想を得て、フードにもなるデザインに仕立てた。体を包み込む優美なシルエットと裾のフレアディテールがチャーミング。
新しいエッセンシャルピース
ウォッシュドブルーデニム
メゾンの重要なキーワードであるセンシュアリティと、現代的なリアリティを共存させたウォッシュドブルーデニムのシリーズ。より親しみやすくなったピーター版アライアのエントリーアイテムとしておすすめ。
コルセットベルト
1992年に登場したカットワークレザーのコルセットベルトほど、メゾンを物語るものはない。イスラム建築様式のマシュラビーヤに着想した格子模様のヴィエンヌ・モチーフと3バックル、優美な曲線が描くシルエットはまさにアートピースそのもの。今回、メタリックレザー製が登場。
バブーシュ
伝統的なバブーシュをモダンに再解釈し、ファーストコレクションで目を引いたシューズ。オーロラに輝くレザーがピーターらしい未来的なムードを演出。さらに、メタルブレスレットがアンクルを引き立てる。レザーストラップもつき、それぞれ取りはずして単独でも着用できる。
デミ・リュンヌ バッグ
ハーフムーンを意味する「デミ・リュンヌ」と命名された新しいアイコンバッグ。建築的な美学を体現した三日月形のバッグは、有機的で、まるで体の延長線上にあるようなフィット感を備えている。写真はウェアにも用いられたベルを飾りにあしらったもの。
新クリエイティブ・ディレクター ピーター・ミュリエに独占インタビュー!
「アライアは世界一美しいメゾンなんだ」
Pieter Mulier
ベルギー・ブリュッセルのアンスティテュ・サンリュックで建築とデザインを学ぶ。卒業後すぐにアントワープのラフ・シモンズのアトリエへ。その後ジル サンダー、ディオール、カルバン クラインと数メゾンでラフの右腕を務めた。映画『ディオールと私』(’14)では多くのシーンで取材にこたえている。2021年より、アライアのクリエイティブ・ディレクター。
「遅れてごめんなさい。フィッティングの真っ最中で」と言って姿を現した、穏やかな表情のピーター・ミュリエ。デザイン学校での卒業制作発表時にラフ・シモンズに見出され、ディオールでもラフの右腕として活躍し、映画『ディオールと私』では落ち着いた語りを見せた、あのピーターだ。今日の彼も、8日後にショーを控えているとは思えない、平常心。
「ストレスは感じていない。もうコレクションの8割は完成しているからね。ここでは生前のムッシュ アライアのリズムに則って、ショーの10日ほど前からフィッティングを始めるんだ。シルエットを完璧に仕上げたら、3日ほど前に最終チェックをする。ルックごとに吟味する余裕があって、とてもいいね」
服からコンセプトまでのすべて。ピーターがアライアに寄せる敬意
この時点で彼が仕上げに取り掛かっていたのは、去る1月23日に発表されたSF(サマー・フォール)。昨年7月のデビュー・コレクションWS(ウィンター・スプリング)に続く、2季目だ。「アライアに特有のこのシーズン名、聞き慣れなかったけど、理にかなっているね」と、ピーターは言う。
4年前に他界したクチュリエ、アズディン・アライア。彼が持ち前のチャーミングな人柄と教養で上流階級の人々を魅了し、庇護を受けて細々とクチュール・メゾンをスタートしたのは、1968年のこと。春夏・秋冬という商業的なサイクルには迎合せず、初めて独自のシーズンで展開をしたのが彼だった。この事実も、ピーターがメゾンの創始者に寄せる敬意の理由だ。
「アライアは、世界一美しいメゾン。服そのものからコンセプトまで、すべてにおいてね。いうなれば、メゾン自体がアート作品だと思う。大事なのは、いくつかの揺るぎないコードを持つ、メゾン・アライアそのもの。僕は、そのケアをする人なんだ」と、ピーターの姿勢は実に慎ましい。ここで彼が言う“ケア”、つまり、よりよきアライアのための気遣いの一つとも言えるのが、“アライア=ボディコンのドレス”という先入観を覆すこと。メゾンのアイコニックなアイテムや素材、ディテールといえば、レザーからフード、ライクラ入りストレッチニット、コルセットベルト、テーラードジャケット、レギンス、ボディスーツ、ボリュームのあるミニスカートなど、実に幅広い。彼はそれらの再解釈に日々取り組んでいる。一方、デザイナーとしての自我はどう表現していくのか。
「大きなチャレンジかもしれないけれど、僕は急いではいない。時間を気にしなくていいって、最高の贅沢だね。とにかく、とても自然に進んでいるよ」
その自然な進行を象徴するのが、ピーター自身が選ぶ、ショーの場所だ。昨年7月の会場は、30年ほど前からアライアのブティックが佇むパリ4区のムシー通り。ショーウインドーはなく、呼び鈴だけが目印の隠れ家的なこの店の“外”で初コレクションを発表することは、ピーターにとってとても大切だったと言う。ディオール在籍時代、ゲストでショーに来ていたムッシュ アライアとバックステージで言葉を交わしたことがあった。しかし、親しかったとは言い難い。だからこそ最初は故人に対する敬意を欠かないよう、外を選んだのだとか。まるで心を込めて作った手土産を持って、アライア宅のドアをノックするかのように。ピーターは続ける。
「しかも道をランウェイに見立てたのは、高級すぎるメゾンに、少し親しみやすさをもたらしたかったから。道路がランウェイなら、実際に着て外に出たときに服がどんなふうに見えるか、すぐに想像がつく。つまり現実感が湧くでしょう」
そして、彼が2度目のショー会場に選んだのは、前述のブティックに隣接する、メゾン・アライア内のロフト。ここでアズディン・アライアが最後のショーを開いてから、5年がたっていた。「前回はヘリテージにフォーカスしたけれど、今回は彼の世界と僕の世界がやっと出合った、大事なシーズン。だから、とても感動的だ」と、ピーターは目を輝かせた。
思考や感情から出発し、建築の発想で仕上げるクリエーション
ところで、ピーターのクリエーションはどんな工程で進むのだろうか。
「出発点は、思考や感情。僕が感じていることをアトリエのスタッフに話して、一緒に熟考する。毎日長い時間をともにする彼らと話せば話すほど、相乗効果が生まれる。そして考えが固まったら、立体化にトライ。つまり直接トワルで最初の型作りをするんだ。肩などのディテールや、全体の構造を試作。そして数度のフィッティングを通して、形ができ上がっていく。スタッフがクロッキーを描くのは、この段階で。このやり方も、メゾン・アライアに来て学んだことなんだよ」
彫刻を学び、構築的なシルエット作りの天才といわれたムッシュ アライアが、ムードボードや物語ではなく女性の体を着想源とし、フィッティングモデルの体に直接トワルを当ててデザインしていたのは、有名な話。その後のパターン作りから縫製まで、すべての型のサンプルを自ら作っていた彼の最大の武器は、自身の完璧主義だった。一方、建築とインダストリアルデザインを修めたピーターにとっても、正確さがものをいうのは同じだ。「僕はムッシュ アライアのレベルには及ばないけど」とまたしても謙遜しつつ、こう続けた。
「フィッティングのあと、アトリエチーフが『ここを1㎜動かしたい』と夜中にメッセージを送ってくることもある。完璧に完璧を重ねる、それがメゾン・アライアだ」
オーガナイズされ、クリアなことが好きで、自分を文字より数字の、つまり理系の人間だと言う彼だから、アライアで長年働いてきた職人たちから成るアトリエでは、まるで水を得た魚のようだ。
二人の間には、もう一つ意外な共通点がある。コレクターとしての一面だ。両者とも現代アートの作品も所有しているが、情熱の矛先は、なんといっても、モード。ムッシュ アライアのコスチューム収集に火がついたのは、1968年。クリストバル・バレンシアガのメゾンがクローズするにあたって、アーカイブスからの一点を入手したのだ。それ以来、自分の作品をすべてパターンとともに整理・保管しつつ、バレンシアガを買い足し、他の巨匠クチュリエたちの作品も買い集めるようになった。アライアの財団による企画展では、その膨大な秘蔵品を編集して見せることが多い。ただし、ピーターは財団でアーカイブスを閲覧することはない。ヴィンテージ収集家の彼はメゾンに起用されるずっと前からアライアを買い続け、特に1983年から’96年の作品を数多く所有しているとか。そんなピーターが感動したのは、3年前に開催された『アライアとエイドリアン、仕立てのアート』展だった。エイドリアンは1930年代に活躍した、ハリウッド映画の衣装デザイナー。同展では、彼の彫刻のようなジャケットやスーツと、アライアのそれを並列して展示した。ムッシュ アライアによる他のクチュリエの作品の参照の仕方は、ありがちなヴィンテージのコピーとはまったく異なり、構造やボリューム感のインスピレーションに終始する。ピーターのアライアに対する向き合い方も、然りだ。
かつてアズディン・アライアは「モードは永遠に続く。モードは存在し続ける。それぞれの時代の流儀で」と言った。そして、「過去は前進への糧となる」とも。彼のヘリテージを昇華させ、今の時代の流儀で前進させているのが、まさにピーター・ミュリエなのだ。
Azzedine Alaïa
アズディン・アライア●1935年、チュニジア生まれ。彫刻を学んだがクチュールに転向し、パリへ。すぐに上流階級の婦人たちを顧客に抱えるようになり、1968年にクチュール・メゾンをオープン。プレタポルテは’82年にスタート。独特の技術、スタイル、ネットワークでモード界で唯一無二の存在と称されたが、2017年に他界した。
SOURCE:SPUR 2022年4月号「世界一美しいメゾン 新生アライアが着たい!」
photography: Hiroko Matsubara styling: Naomi Shimizu hair & make-up: Hiroko Ishikawa 〈eek〉 model: Kanon Hirata interview & text: Minako Norimatsu cooperation: C’BON