2022年春夏にデビューした東京発の新ブランド、「テルマ」。ベーシックな服に宿るこだわりや思いとは? デザイナー、中島輝道さんのインタビューとともにファーストコレクションを紹介する
色柄が重なり合い身体を包み込む
公園の池の水面に反射する光や生い茂る緑、花々などの色に着想を得たというルック。オーガンジーのロング丈のシャツの下にはオーバーサイズのシャツを重ねている。細いコットンの糸を使用した薄い生地だが、織ったあとに圧力をかけてハリ感を出しているので体にまとわりつかない。スカートはチュールとコットンのチェック柄をレイヤード。1940〜50年代のクチュールを参考にしながらも、後ろに角やタックを取ることでモダンなシルエットに。スタイルアップもかなう。
立体的な服作りと、素材の追求
デザイナーの中島輝道さんは、中学生の頃から古着を好み、ファッションを楽しんでいた。「服装によって気分が高揚したりコミュニケーションの仕方が変わる」ということに興味を持っていたが、本格的に服飾を学びたいと思ったのは大学生の頃。服にカビの菌を付着し増殖させ、時間の経過とともに変化する様子を見せるメゾン マルタン マルジェラのインスタレーションを知ったのだ。
「大学でコンセプトを重視したプロダクトデザインに取り組んでいたこともあり、マルタン・マルジェラの考え方に興味を持ちました。プロダクト同様、人間の身体も構造として美しい。マルジェラの服を見ていくうちに、人や身体を軸とした表現の可能性を追求したいと思うようになりました」
そこで一度限りと決めてマルタン・マルジェラの出身校であるアントワープ王⽴芸術アカデミーを受験。ランプシェードを融合させた服のデザインを提出して無事合格した。
3年間学び、素朴なレースを強いイメージに転換させた卒業コレクションが高く評価され、「Christine Mathys」賞と「Louis」賞を受賞。アントワープ市内のセレクトショップ「Louis」のウィンドウにディスプレイされる。そこでドリス・ヴァン・ノッテンと出会い、ドリスの手仕事やクラシックなスタイルに強くひかれていたことに加え、本人に直接学びたいという気持ちから入社することに。
「ドリス ヴァン ノッテンでは、立体的な服作りや、人間の複雑さ・深みを表現するためのミリ単位での調整、あえて相反するふたつの強い個性を調和が取れた状態に落とし込んでいくというプロセスを学びました。ドリスには常にニュートラルな服を作るよう言われていましたが、そう意識してデザインすると、着る人の日々の気分や時の経過にも寄り添うことができるんです」
ドリス ヴァン ノッテンで日々刺激を受けながら過ごしていたが、あるときイッセイ ミヤケのプリーツに出合い、衝撃を受ける。
「西洋の服の立体感とはまったく異なる有機的な美しさがあったんです。ドリスで日本の生地を使う機会があり、その質の高さを実感する機会も多かった。自分のルーツである日本で勉強したいという思いが強くなっていきました」
そして8年にわたるアントワープでの生活に終止符を打って帰国。イッセイ ミヤケに入社した。
「イッセイ ミヤケでは、ただ”新しいから”という理由ではなく、ビジョンを持って糸や素材を開発する姿勢や、生地に何か新しいひと手間を加え、まったく違うものにしていく工夫の仕方がとても勉強になりました。そして、西洋的な手法とは違い、はさみを極力入れずに生地の美しさを最大限に生かす考え方に触れました」
ひとりひとりに寄り添うタイムレスな服を作りたい
こうしてドリス ヴァン ノッテンとイッセイ ミヤケで多様な服作りを学んだ中島さん。次第にその貴重な経験を生かし、自分なりの表現をしたいと考えるようになった。
「ドリスで学んだ立体感やさまざまな要素の調和の取り方、イッセイで学んだものづくりへのこだわりが今の自分をつくっている。日本のすばらしい素材を使って、ひとりひとりの個性に寄り添うタイムレスな服を作りたいと思うようになりました」
ブランド名は「服作りに関わってくれた人、買ってくれた人に対して責任を持ちたい」という思いから、自身の名前にまつわるものにしようと考えた。そこで親しみを持って呼んでもらえるブランドに育ってほしいという願いから、愛称である「テルマ」に。2021年春頃から初のコレクションとなる’22 年春夏に取り組んだ。
「コロナ禍で暗いムードに覆われているからこそ”光”を表現したかったんです。時間ができて散歩をすると、いつもは素通りしていたような身近な場所の”光”も美しいことに気づく。それで、日常にある色や情景を視点を変えて表現するのが面白いのではないか、と考えました。いつもの装いを一歩進めたい、という思いが生まれたんです」
アントワープ王⽴芸術アカデミー時代に、自身が発想するムードでストーリーを作り、一冊の本にする課題があった。その経験から、コレクションに取りかかるときはまずムードボードを制作することにしている。今回の出発点は光が反射するクリスタルガラスの作品だった。
「そこから派生させて、光を重視した印象派の絵画や、第二次世界大戦後女性たちに希望をもたらした”ニュールック”、大不況に立ち向かったパンクの精神性、気持ちを明るくさせるダンスなどを加えていきました。ときには自分のテイストと異なるものも取り上げて世界観を広げながら、自分らしい視点を入れていきます」
ムードボードを指針として、試着のたびに服の表情を確認し、産地の職人たちと製法を探った。サステイナビリティについても、タイムレスなデザインを生み出すことはもちろん、再生糸を用いたり環境負荷の少ない染色法を採用するなど、可能な限り努力している。将来的には着終わった製品を引き受けてアップサイクルすることなども検討中だ。
「来季はもう少し踏み込んだ表現にするつもりですが、ブランドの特色を認知してもらうためにも、今季と共通のテーマを掲げようと考えています。ブランドが成長したら、自分らしいコレクションの発表方法もきちんと考えていきたいです」
異なる考え方の服作りを経験し、おのおののよさを吸収した中島さん。生地やシルエットにこだわり抜いた服は、私たちの日々の気分の移り変わりや体型の違い、時代の流れにもやさしく寄り添うのだ。
TERUMASA NAKAJIMA
2010年アントワープ王⽴芸術アカデミー卒業後ドリス ヴァン ノッテンに⼊社。ウィメンズデザインを担当する。’14年に帰国しイッセイ ミヤケへ。’22年春夏「テルマ」をローンチした。
「西洋のブランドでは毎シーズン花や定番的な柄を取り上げることが多い。自分も花が好きなので、テルマでも花やストライプ、チェックといった不変的な柄に取り組み続けていきたい」という中島さん。今シーズンの花は花火で表現することに。繊細なムードが漂う日本の線香花火にたどり着いた。マスキュリンなフォルムのコートはリバーシブルで着ることができ、その日の気分で変化を楽しめる。艶のあるプリント面に対して、ネイビーの無地面の生地は100%リサイクルナイロン。
胸部分にタックを入れたデザインの端正なコットンの前身頃と、リサイクルポリエステルのオーガンジーをドッキングさせたシャツ。肌見せが席巻している今季は素肌に一枚で着てもいい。ありふれた柄であるチェックの印象を変えることがテーマのひとつ。写真1枚目と同じスカートを合わせて、柄の重なりが生み出す情緒を味わって。
コレクションの世界観を深めるためにパンクスタイルのディテールを取り込んでいるこのニットのTシャツは、それをテルマらしくエレガントに表現したもの。スタッズのように尖ったディテールは、江戸時代から続く名古屋の有松絞りの技術を駆使している。ポリエステルの特性を生かし、糸留めをしてから熱をかけて柔らかくして職人たちとともに何度も調整。冷まして固め、形状記憶させている。袖口と裾は粒の間隔を変えて違いを出した。
コットンのジャケットは、カジュアルなデニムジャケットとクチュールライクなコクーンシルエットが融合している。トレンチコートのディテールを用いたロングスカートは、後ろに分量をもたせたバッスルのようなシルエットがエレガント。ヒップラインを美しく見せてくれる。中のジャケットは線香花火柄。
装いを制限されていた第二次世界大戦。終結した直後に発表された、身体のラインを強調したフェミニンなスタイルが「ニュールック」だ。そこに着想を得て、西洋的な立体感をコンピュータープログラミングによりニットで柔らかく現代的に表現した。身頃と袖の折り目は編みで施しているため取れることはなく、腕まくりをしてもしわにならない。肩肘張らずに取り入れられるきちんと感を追求した。あえてネイビーのみで展開。
コットンのシャツドレスの上から着たスカートは、水の揺らぎをイメージ。十二単に着想を得た構造で、3色12枚のチュールに位置をずらしながらレーザーカットでダイヤ形のホールを開け、それらをすべて重ねることでアーガイルのように見せている。その周りを囲む白いスタッズのように見えるディテールは、刺しゅうによるもの。手の込んだつくりだが、家庭で洗うことができるなどケアは簡単。
ウエストから裾にかけてふんわりと広がるぺプラムドレスは思わずくるくる回ってみたくなるボリュームを携える。ウエストにはゴムが入っており、背中で交差するリボンの結び方でウエスト位置やサイズ調整が可能。「1940〜50年代のクチュールは大好きだけど、そのままだと時代に合わない」ため、エレガントなシルエットに対して扱いやすいコットンのシャンブレー生地を採用した。角度によって色の見え方が変わる。
写真1枚目のオーバーサイズのシャツ同様、細いコットンの糸で織り、圧力をかけてハリを出しているシャツドレス。その色違いを腰にも巻いてスタイリング。生地をたっぷり使っているが、後ろに「接ぎ」がないことから丸みのある立体感が生まれる。動きやすく、ほっそりと見せてくれる効果も。シルエットにメリハリをつける長めのカフスや、裾に入ったフェミニンな深いスリットもポイント。コートとしても使えるアイテムは、定番的に展開することを予定している。
SOURCE:SPUR 2022年3月号「それは、人に寄り添う服 私たちには「TELMA」がある」
photography: Taro Hirayama styling: Kanako Sugiura hair & make-up: Yoko Hirakawa 〈mod’s hair〉 model: Hanna interview & text: Itoi Kuriyama