2022.04.17

4者4様のエモーショナル・ストーリー。私を肯定してくれた服

ときに服は、自分の外見をトランスフォームするだけでなく、着る人の内面にまで作用し、存在を肯定してくれることさえある。4人が語る、特別な服とそれにまつわる物語

“この服が僕の背中を押してくれた” 島原健太(モデル)

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購入する服は常に厳選している。「ブルゾンは百貨店で実物を試着する機会があり、その後エルメス銀座店で再び着てから購入しました。一見繊細だけど作りが頑丈で気兼ねなく着られる。好きなタイプの服」

モデルとしてキャリア5年目を迎える島原健太さん。とにかくハイファッションが好きな彼が、「自立する記念に」と最近手に入れた大物が、2021-’22年秋冬のエルメスのコレクションピースだ。存在感のあるチェック柄と大好きなディテールであるジップポケット、中にインナーを仕込めて上からジャケットも羽織れる汎用性に惚れ込み手に入れた。
「ランウェイの画像を見た瞬間、『あ、いいな!』と思いました。でも、実際に購入する心が固まったのは、伊勢丹新宿のポップアップで試着してみてから。ジップの引き手に大胆にレザーが使われていて、これまでに見たことがない細やかな作り込みに驚きました。エルメスは僕にとっては神様みたいなブランド。これからもずっと手放さない一着です」

島原さんが服選びで最も重視していることは意外にも、実用的であること。
「エルメスらしい品を保ちつつ、ポケットは大容量、軽量かつ撥水性のある生地で汚れも気にならない。普段使いをしてもなんら違和感がないんです。情報があふれワンクリックで服が買える時代ですが、実際に着ないと服の本当のよさはわからない。撮影現場で審美眼を磨き実生活でとにかく着てきた経験値が、服への深い理解につながっていると思います」

洋服の歴史やデザインソース、年代など豊富な知識を踏まえた上での服選びがよしとされるメンズファッション界。一方で彼の選び方は比較的直感的であるため、表層だけを気にしているようで引け目を感じていたこともあったという。また売れっ子にもかかわらず、モデルオーディション中に客観的に自分がどう見られているかがわからなくなることがあり、自信をなくすこともしばしばあった。

「そんなときも好きな服を着ると内側から力が湧いて明るくなり、人見知りも克服できました。着ている服を友人や撮影現場のスタッフが褒めて認めてくれると、自分の選び方は間違っていなかったんだなと思える。特にこの一着を購入したことで、モデルや一人の人間としてのあり方、服との関わり方など、今まであやふやだったものがスッと一本の道にまとまった。これが自分で、これでいいんだと思えるようになったんです。社会の一員として、モデルの仕事に誇りを持って生きていく覚悟が固まりました」

まだコロナ禍ではあるが、海外のファッションウィークへの参加も見据えている。
「モデルとしてのキャリアアップはもちろんのこと、好きなブランドと仕事をしたい。パリにも行って、ぜひエルメスのランウェイを歩いてみたいですね」

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最近のお気に入りをもう一着。モデル業と並行して勤務するセレクトショップ、JACKPOTで購入したマルニのニットベスト。「新しい着こなしを取り入れたいと思い購入。意外と長袖のニットやTシャツと重ね着がしやすく、パッチワークがポイントになるんです」。モデルとして着て服のよさを伝えることも、販売でお客さまに服の仕様やおすすめの着方を伝えることも楽しむ。知見を広げるため、探究は欠かせない。

PROFILE
1997年生まれ、東京都出身。大学在学中にスタイリストの二村毅氏に声をかけられてモデルのキャリアをスタート。モデル事務所に所属後は、ファッション誌や広告、ブランドのルックブックやランウェイショーなどで活躍している。

“現代の行き詰まり感を乗り越える発想のある服” 薄久保 香(画家/現代アーティスト)

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アフリカで栽培されるサトウキビをモチーフにしたハンドプリントが大胆。「服を選んで着るパーソナルヒストリーが、国境や文化、言語を超えて共感し合えることにファッションならではのパワーを感じます」

アーティストとして活動しながら、東京藝術大学で教鞭をとる薄久保さん。創作活動中に着る服は、とにかく動きやすくて汚れてもいいことが第一優先。一方で、教壇や講演など公の場に立つときに着る服を選ぶのは、簡単なことではない。
「洋服は着る人の姿勢が表れるので、共感するデザイナーのアイテムをまとうようにしています。最近、気に入っているのは、南アフリカ・ヨハネスブルク発のTHEBE MAGUGU。LVMHプライズでの優勝も記憶に新しい、新進気鋭のブランドです。ブラトップを重ねたニットとハンドプリントのプリーツスカートは、独特の躍動感に惹かれて購入。オーソドックスに着ても、いわゆる正統派ではないユニークな表情がいいですね」

どんな質問にも理路整然と回答してくれる薄久保さん。意外なことに、自身は芸術家、ましてや大学の准教授になるとは思ってもみなかったと語る。
「幼いときは少し落ち着きがないタイプで。学生時代も先生や組織に歓迎されるタイプではなかったと思います。世の中の常識やコンプレックスに悩みながらも、ものづくりや絵を描くことは大好きでした。そんななか、自分の専門分野であるファインアートや歴史、『次世代を問う新しい価値観』に強く興味を持つことができ、勉強を続けることができたから、アートの道に入れたと思っています」

そんな彼女に、なぜTHEBE MAGUGUに興味を持ったのか尋ねてみた。
「西洋的な美の基準である洋服というフォーマットの中で、アフリカの風土や思想、社会問題を色濃く反映している点に、日頃から私が向き合っているアートとの共通性を感じたからです。さらに、THEBE MAGUGUのアプローチは、常に私の心の中にある『対照的な物事をひとつの問題として考えたい』という想いと重なり、賛同してくれているようにも思いました。また、ぱっと見て柄が面白かったり、形が個性的だったりとユーモアがあるところや、生活必需品である衣服としてメッセージを直接語りかけてくるところに、今のファッションのあり方としての説得力を感じます」

服装のオンとオフの落差が激しいと笑うが、作品にとことん向き合った後に着るお気に入りの洋服は、創作現場から現実社会に引き戻してくれる役割も。
「THEBE MAGUGUは、世界、社会、個人、私自身に語りかけ、それぞれの困難やコンプレックスを、うわべだけではなく理念によって肯定してくれる。そんな『次世代を問う新しい価値観』の服を身につけると、視野が開けて力をもらえる気がします」

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薄久保さんのパートナーは、アーティストの大庭大介さん。「ディオールのレディーアートというプロジェクトで、夫が手がけたバッグです。チャーム部分は、昔夢中になったゲームがテーマになっています。アイデンティティの形成には、青春時代のカルチャーが大きく影響しますし、何げない日常の中に散らばるものたちは、組み合わせや考え方に面白い発想をもたらしてくれます。彼がデザインを描く間に交わした対話を通じ、おのおのが過ごした10代の記憶まで肯定してくれるものになりました」

PROFILE
東京藝術大学美術学部絵画科で准教授として油画の教鞭をとる。作品は写真撮影、デジタル画像の制作、絵具と筆を用いたペインティングの制作過程を経て作られる。

“「なりきる」ファッションで逆境を逆手にとって” キャサリン・リーランド(PR会社勤務・モデル)

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去年、映画ライターの日本人男性と結婚。「私たちにとってファッションは二人をつなぐ"ボンド"のようなもの。クローゼットをシェアしていて、今日は夫のアドバイスでSTÜSSYのシルクシャツをチョイス」

母国のニュージーランドから日本に来て8年目を迎えるキャサリンさん。彼女のクローゼットには、カウボーイが身につける装具、チャップスが常にスタンバイしている。
「映画研究者の父は、大学でフィルムスタディーズを教えていて、幼い頃はよく父のオフィスで過ごしました。その壁に飾ってあったのは、西部劇のスター、ジョン・ウェインのポストカード。カウボーイには独自のスタイルがあることを知り、心を奪われました。このチャップスは、大人になってから旅したテキサス州オースティンの古着店で購入。レザーではなく、珍しくスエード製だったのでひと目惚れ。装着すると、憧れのカウボーイのようにクールで強くなった気分になれる。腰のベルトをぎゅっと締めると、いつもより背すじが伸びて気持ちを引き締めてくれるんです」

ティーンエイジャーのときから、日本のサブカルチャーが大好き。特にライフスタイルによって細かくジャンル分けされたファッションに面白さを感じ、インターネットで日本のファッション誌をチェックすることがライフワークだった。念願かなって来日し、地方での語学留学を経て、東京で生活するために就いたのは英会話講師の職。授業をこなす毎日は思った以上にハードで、仕事がおっくうな日も少なくなかった。
「そんなときはハイヒールを履くんです。英会話教室までの道のりも、ヒールの音とともに歩くと、ちょっとずつ気持ちがブーストされて元気が出てくる。ハイヒールを履いたかっこいい講師になりきることで、モチベーションを保っていました」

また、東京でも当時は外国人が珍しがられ、西洋人のルックスというだけで電車の中でじろじろ見られることがあった。日本に住む外国人の中には日本社会で目立たないように振る舞う人もいたという。そんな状況でも、キャサリンさんは持ち前の発想の転換で、他者の視線を気にせずに済んだと語る。
「どのみち目立つのならば、自ら派手な服を選んで着たほうがいいと思っていました。目立つ服装をしているから他人に見られているのだと思えば、気が楽になるでしょう。それに、開放的な態度で堂々とファッションを楽しんでいれば、それは"個性"として認めてもらえるんです」

気分が落ちているとき、パワーが必要なとき、まずはファッションをアッパーな雰囲気に変える。
「英語には"Fake it till you make it(うまくいくまでは、うまくいっているふりをする)"という言葉がありますが、そのとおり。このチャップスは、すぐに身にまとえる心の鎧のようなものなんです」

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親友の結婚式に行くために購入したグッチのパンプス。「結婚式はクロアチアのドゥブロヴニクで開催する予定でしたが、履いていく靴がなくて焦っていました。前日の夜、仕事終わりにたまたま入ったヴィンテージショップで、 パーフェクトなパンプスに出合えたんです。サイズもぴったりで、この靴は自分のために存在していると思ったくらい。今でも履くと、現地の石畳を歩いた足音と当日の楽しい記憶が一緒に思い出されてハッピーになる一足です」

PROFILE
ニュージーランド出身。学生時代に出合った日本の古いファッション誌や書籍がきっかけで、日本のサブカルチャーに興味を持つ。語学留学を機に来日し、現在は東京でフリーランスのモデルをしながらPR、翻訳家として活動。

“もっと自分を愛していいとコルセットが教えてくれた” 加川涼夏(学生)

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「ボディラインをきれいに見せ写真映えもするので、勝負どきに着ます。体にフィットして背中に力が入る。コルセットだけど女性を自由にしてくれるんです」。フリルブラウスとデニムと合わせたスタイルがお気に入り。

「生きづらさを感じながら過ごした地元から離れたい」と思い上京したという、現役大学生の加川さん。彼女の人生を大きく変えた「お守り」のような一着は、ヴィンテージのスポーツウェアをリメイクしたMAINA IIMURAの一点もののコルセットだ。行きつけの古着店BANNYのスタッフでMAINA IIMURAデザイナーのマイナさんが作るコルセットによって、マインドセットを180度変えられたという。

「学生時代に容姿をからかわれ、ずっと自信が持てず、自分の中で払拭できないコンプレックスとネガティブな思考に苦しんできました。強くなって自分を変えたいけれど、心のどこかで自分を否定してしまう。そんなときにマイナさんのコルセットに出合ったんです。自分を愛するすべての女性と自分を愛せないすべての女性に捧げるというコンセプト、一点一点に込められた『I’m so proud of me』というメッセージにはっとさせられました。それまでは、ファストファッションがワードローブの中心。でもこの一着により、作り手と服に対して気持ちの部分で100%共感してお金を払い、手に入れるということを初めて経験できました。世界にひとつだけ。独自のスタイリングができるので、ずっと大切にしたい」

その後、加川さんにはマイナさんから「ブランドが開催するポップアップショップのイメージモデルを務めてほしい」とオファーが。起用された驚きとうれしさを感じる半面、「私なんかがモデルでいいのかな」と悩み、すぐに承諾できなかった。
「マイナさんは『涼夏ちゃんの切れ長の目は素敵だし、台湾映画のヒロインみたいだよ』と言ってくれて自信が持てたんです。思いきって参加した撮影は緊張したけれど、可愛い服を着た自分を撮ってもらう経験は楽しくて仕方なかった。この素敵な機会を通して、いやだと思っていた奥二重や体型、性格もすべて唯一無二の自分自身、もっともっと自分を愛してあげてもいいんだと思えたんです」

苦しい過去に別れを告げ、悩みから解放された加川さんは周囲の視線を気にせず行動し、自らを思いきり表現するように。服は彼女を素敵な場所に連れ出してくれた上、共感し合える人との出会いをもたらしてくれた。そんなファッションと、今後も関わっていきたいと声を弾ませる。

「最近、自分のバッグブランド『ROTGUT』を立ち上げました。SNSに写真をアップすると、日本だけでなく海外からも問い合わせがあって。"自分はこういう人間"だと主張できるようになったのはファッションのおかげだし、恩返しをしたい。愛を持って誰かの力になれたらと思っています」

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「ブランド名の『ROTGUT』は、安酒を意味する単語。安酒でもシチュエーションを楽しめるというマインドを表現したくて命名しました。持つと自信が持て、いい意味で自分に酔ってしまう。そんなアイテムをみんなに共有したいんです」。毛糸で編み上げた図案は、リボンやインヤンマーク、千鳥格子など。一見ミスマッチなモチーフやパターンが規則的に並ぶ絵柄が特徴的。不定期開催のポップアップイベントとオンラインショップで販売中。

PROFILE
宮城県出身。青山学院大学経営学部マーケティング学科の大学3年生。自ら企画したフリーマーケットをきっかけに、プラスチックキャンバスを組み立てて、毛糸を編み込んだバッグ制作を始める。自身のブランド「ROTGUT」をスタート。

SOURCE:SPUR 2022年5月号「4者4様のエモーショナル・ストーリー 私を肯定してくれた服」
photography: Suilen Higashino interview & text: Aika Kawada

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