ときは20XX年。この地球で、体の一部をデジタル技術で拡張し、アップデートするトランスヒューマニズムが当たり前となっていたら――
寿命は果てしなく伸び、人を人たらしめるものは「意識」のみ。そんな近未来の世界で脈々と受け継がれる文化、いけばな。この伝統的な趣味を伝えるひとりの師範を、八木莉可子がモードな佇まいで演じる。
ノイズ消し禅の心でいける花
草月流の師範、リカコ。雑念を取り払い、平穏な精神状態で一輪に入魂し、いける。それは自分の内側を見つめて、揺らぎを整えていく作業だ。植物界で最も進化した花といわれる蘭と、食べられる花、ナスタチウム。それらは未来の地球にも残り、可憐に咲く。平たい器からあふれるようにいけて。シルク混ウールのロングドレスが曲線的なシルエットを描き、体を美しく包み込む。
バーチャルに帯翻し降り立つ日
ブラックキャットとシダを組み合わせたかのようなミステリアスな植物がステッキ代わり。メタバース上での人生のためのコスチュームをまとう。レモンイエローをのせたサテンのミニドレスは、背中が大きく開き、帯のような幅広のリボンディテールがバックスタイルを飾る。植物を模したビジューつきサイハイブーツで膝上までをドラマティックに彩って。
花器の上、凛と佇む小宇宙
草月流の花型法でいけたこちらは、初夏の訪れを告げる菖蒲を主役に、レンギョウ、菊が寄り添う。少ない素材と色を持って余白をつくり、無駄をそぎ落としていかに空間を掌握できるかが華道の心得。ガラスの花器と、作家クリストファー・ローデンによる樹脂のスカルプチュアが、未来の涼しげな趣を加えて。枝から下げたのは、ゲージ リングが心地よい緊張感を運ぶ、スターリングシルバーの耳飾り。
脳内に素知らぬ顔のすみれ色
この世界では、人間の脳のデータはすべてシンプルな「基板」にアップロードされる。その保管スペースには原種のスミレやヒナソウが、何知るよしもなくただ無垢に咲いている。シボ感のあるちりめん生地は京丹後市で織り上げられた涼やかなコットン。胸元に並ぶくるみボタンや着物のような合わせが、オリエンタルなムードを漂わせる。ウエストにホールを開けた共布のスカートがセンシュアルなドレープを描く。
肉体と機械のあわい霞みゆく
筋肉が収縮するときに生じる微弱な電流を感知し、体の欠損部分の動きをサポートする筋電義手。それは未来においては欠如を補うものとしてだけではなく、肉体をサポートするものとして広く取り入れられていくかもしれない。そうして肉体と機械との境目は曖昧になっていく。愛らしい実をつけるグリーンキャビアの枝を共同作業で剪定。十二単を思わせるような幾重ものステッチを施されたシルクオーガンジーのコートをふわりと羽織って。
荒れすさむ土地で際立つ艶やかさ
様変わりした地球の片隅で、脈々と受け継がれる日本の伝統文化。簡易的に畳を敷いて、教室を開催。イギーという品種のガーベラや造花を用いて面を作りながらほんわりといけていく。
Rikako Yagi
八木莉可子●2001年、滋賀県出身。俳優。2016年ポカリスエットのCMで一躍注目を浴びる。上映中の映画『おそ松さん』に出演。待機作に、Netflixドラマ「First Love 初恋」(2022年世界配信予定)。主人公"野口也英"役の若年期を演じる。
SOURCE:SPUR 2022年6月号「サイバーいけばな教室」
model: Rikako Yagi, Yuzuki, Aya Courvoisier photography: toki styling: Sumire Hayakawa 〈KiKi inc.〉 ikebana direction & flower styling: Alexander Jyulian hair: Keiko Tada 〈mod’s hair〉 make-up: Masayo Tsuda 〈mod’s hair〉 special thanks: Ossur Japan, AIWA P&O