ワードローブを語ることは、人生を語ること。服を愛し、向き合い続ける中で築いた、確固たるスタイルとは。東京とパリから届いた、かっこいい大人のファッション哲学
手放せない服には、「物語」がある
桐野夏生
きりのなつお|作家1951年、石川県生まれ。’93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。代表作に『OUT』『柔らかな頰』『グロテスク』など。昨年5月に、女性として初の日本ペンクラブ会長に就任。今年3月には代理母ビジネスを扱った最新作『燕は戻ってこない』を上梓し、各所で大きな話題に。
1 この日、桐野さんが着ていたのはイザベル マランのロングドレス 。フレッシュなボタニカル柄を、大人のエレガンスでさらりと着こなした。「プリントアイテムは昔からずっと好きですね」
「自分に似合うかどうか」よりその服への愛を貫きたい
「服を購入するときは、ほとんどがひと目惚れ。『可愛い!』と思ったら、もう買わずにはいられない。好きな服を自分のものにしたいという欲望のままに動いています」
そう笑う、作家の桐野夏生さん。実はファッション愛好家でもあるという噂を聞いて見せてもらったクローゼットには、貴重なヴィンテージからハイブランドの服まで、審美眼の高さが感じられる服がところ狭しと並んでいた。最近、大々的にクローゼットの整理をしたという桐野さんが手もとに残したのは、人生と深く結びついた服ばかりだった。
「こうやって並べてみると、どの服にもその時々の思い出や物語が染みついているのを実感します。もう着ることはない服もあるし、手に入れてから一度も着ていない服さえある。それでもそばに置いておきたいと思うのは、その服を愛しているからですね」
ずっとファッションが好きだった桐野さんが、いっそうのめり込むようになったのは2000年代になってから。一枚のエミリオ・プッチのブラウスとの出合いが契機となり、ヴィンテージの世界に熱中した。
「特に初期のプッチが好きで、最初はeBayなどで探していましたが、そのうち海外のヴィンテージショップに通うように。素敵なものだらけで興奮しましたね」
その頃はヴィンテージだけでなく、ハイブランドの新作からファストファッションまで、ありとあらゆる服を集めていた。ちょうど、ファッション界に勢いがあった時代でもあった。当時の桐野さんは、作家として話題作を次々に発表しては賞を取り、人気作家としての名を不動のものにしていた時期。成熟するキャリアと盛り上がるファッション界、創作意欲と服への熱意が、シンクロしていた面もあったのかもしれない。当時購入したものの多くは人に譲ったりして手放してしまったが、心から愛するアイテムは、今も残してある。
「服を買うとき、自分に似合うかどうかは関係ない。自分らしいかどうかといったことも、あまり気にしていません。その服を愛しているから、心がときめくから手に入れるんです。最近は、『これは若い人に向けたデザインだからやめておこう』と我慢することもありますが、そんなことをするようになってしまった自分に少し抵抗を感じます。年齢にとらわれることなく、自分の好きなスタイルを貫くことこそが素敵だと思う。晩年になっても白いレースのワンピースを着続けていたジャンヌ・モローのように、臆せず自分の好きな服を着たい。そのほうが幸せになれますよね」
「今は尖ったデザインよりも、コンフォタブルな服が着たい」と語る桐野さんだが、ファッション感度は鋭いまま。最近のお気に入りブランドはクリスチャン ワイナンツやトーガで、先日は百貨店でひと目惚れしたCFCLのブラックジャケットを購入したそう。「だって、可愛いじゃない?」とほほえむ桐野さんは、まさにファッションを楽しむ大人のロールモデルにふさわしい。
2 5、6年前に都内のショップで購入したルイ・ヴィトンのネックレスは、着用機会の多いお気に入りアイテム
3 大粒のビジューが連なるフェンディのチェーンバッグ。「あまり物は入らないのですが、そんなところも愛らしくて。アクセサリーとして使うことが多いですね」
4 マノロ ブラニクのハイヒールパンプスは、20年ほど前にNYで購入した。「最近はもう、高いヒールは履かなくなったけれど、この靴はどうしても手放せないですね」
5 クローゼットの中から厳選した、思い出深い珠玉の6着。
(右から)白いウールコートはエルメスのもの。「3、4年前にパリの空港で、同行していた作家の林真理子さんに『これ、絶対に買ったほうがいいよ』と推されて購入(笑)。着るたびに老舗メゾンの力を感じます」ブルー×グリーンのドレスは、LAのヴィンテージショップで発見。「どこかのアトリエで仕立てたまま、着られることのなかったアイテムだと思います。もったいなくて一度も着ていません」ため息が出るほど美しい黒いロングドレスはヴァレンティノ。2004年に米エドガー賞候補に選出された際、現地で開催されたパーティで着用ドリス ヴァン ノッテンのラップスカート。同型のブラックも持っている桐野さんのヴィンテージ熱に火をつけた、初期のエミリオ・プッチのプリントブラウスエターナルな魅力を放つシャネルのツィードジャケット。ハワイで、お揃いのミニドレスと一緒に購入
6 2003年頃、NYのフリーマーケットでヴィンテージハント中の桐野さん。5の写真、左から3つめのスカートを着ている
モードの証人が語る、真のスタイル
Marie Rucki
マリー・ルキ|モード学校ディレクター1960年代にパリでスザンヌ・ベルソーのドローイング・コースを受けた後、クチュール・メゾンのジャック・エムに入社。70年代には上記学校の講師に迎えられ、後にはディレクターとなり、ストゥディオ・ベルソーと改名。総合的なモード学校に発展させた。80歳を超える現在も、現役の校長。
1 教室でのマリー・ルキ。彼女の永遠の定番、マルタン・マルジェラのドレスにアルベール・エルバスによるランバンのコート、そしてミュウミュウのスニーカー。ピンクからワイン色でまとめたコーディネート
ストゥディオ・ベルソーといえば、イザベル・マランやヴァネッサ・シワードらを輩出した、パリきってのモード学校。ここでもう50年近くにわたり数多くのデザイナーを育ててきたのが、マリー・ルキだ。
「物心ついた頃から、バカンス先の祖母宅にあったモード誌をめくっては、スクラップしていました。親戚がアパートを貸してくれるというのでパリに上京したのは、その数年後。そしてファッション・イラストレーター、マダム ベルソーのドローイング・コースを受けたんです。当時はファッション・イラストレーションがモードで重要な役割を果たしていましたね。ジャック・エムでの私の最初の仕事も、ドローイングでした」。彼女はモードとのなれそめを、こう回想する。
装いはクラシック、頭の中はアヴァンギャルド
その後、自然な成り行きでストゥディオ・ベルソーで働き始めたマリー。すぐにクリエーションのなんたるかを深く理解するようになった彼女には、多くのクリエイターたちが信頼を寄せた。ベルソーでの初めての卒業制作ショーにティエリー・ミュグレーやセルジュ・ルタンスが、後にはカール・ラガーフェルドが参列したのは、マリーのネットワークのたまもの。中でも特に親しかったのは、アズディン・アライアだ。パリのアライア財団で10月23日まで開催中の『アライア以前のアライア』展では、クチュリエの初期のキャリアを見つめた女性たちの一人として、彼女が紹介されていた。
「アライアとの出会いは74年頃。あるショーで知り合い、すぐに意気投合しました。でも当日の家への誘いには応じなかったんです。知り合ったばかりだし本気だと思わなくて。そしたら翌日電話があり、再度誘いを受けたのです。すでにベルソーで教鞭をとっていた私は翌日の授業で使う服を準備中で、大量にアイロンをかけなければならず。それを説明すると、なんとその”宿題”を持ってこい、と。根負けして彼の言うとおりにした私は、結局彼にアイロンがけを手伝わせてしまったんですよ。それ以来、私たちは毎日のように会っていました。彼はアート関係の友人や上流階級の顧客たちに囲まれた、純粋なクチュリエ。一方私のネットワークはモード界。だから交友関係はいい具合に広がりましたね」
こう語るマリーだが、自身のスタイルは意外とベーシック。「普段はマリンセーターにストレートのスカートが基本ですね。色はネイビー、黒、グレー、茶など。授業では、できるだけニュートラルな格好でいたいからですがバッジやジュエリーで遊びます。小物はつけたり取ったりが簡単だから」。ジュエリーは大ぶりかとても小さいか、極端を好むそう。
「人生におけるすべてがあなたの選択です。もちろん服装も。若い頃はミュグレーやコム デ ギャルソンも着ていましたが、年を重ねたら、エキセントリックには装わないのが、私の選択。でもイメージにとらわれないで! 装いはクラシックでも、頭の中は常にアヴァンギャルドなんですよ」
2 赤の品々は知らないうちに集まった。ベルソー卒業生のブランド、Sacatintaのツインセットはペルーのハンドメイド。パールのネックレスを合わせて品のあるスタイルに。小物はフィッシュネットの手袋、メンズタイプのシューズでマスキュリン&フェミニンを遊んで
3 1984年、タイプライターの広告のモデルに。ベルソーの卒業生で友人になったヴァンサン・ダレと
4 ドレスアップ用アイテム。ベルソーの元生徒、クロエ・ぺランによるぺランのハンドバッグを中心に、アンティークのジュエリーはそのときの気分で選ぶ。ニナ リッチのサンダルは、カットしたストッキングが組み込まれたデザイン。ゴールドのスリングバックミュールも、卒業生の作品
5 ジオメトリックなアイテムは、ワードローブとは別にコレクションしている。右の2点は愛用のミッソーニのニット。パンツ2点はヴィヴィアン・ウエストウッドで働いていた生徒からプレゼントされたもの。授業の題材としても使っている。中央のニットは友人であるイナチオ・リベイロが最近復活させたブランド、クレメンツ・リベイロの2000年代の作品で、ロンドンのアートディレクター、ピーター・サヴィルとのコラボレーション。左端は生徒による試作
6 ジュエリーは近所の行きつけへアサロンの旅好きな美容師が、アジアやアフリカで買い集めたパーツで作った一点もの
7 ベルソー卒業生、ヤス・ミチノから贈られた、ミチノのバッグを愛用
8 若い頃のバカンス・スタイル。スカーフのトップスに、のみの市で見つけたジャケット、ヴィヴィアン・ウエストウッドのサルエルパンツ。帽子は旅先で見つけたものを、ゴールドのスプレーでペイント。ベルトは、学校のショーで使ったセラミックのパーツを使った手作り。サボはヴィンテージ、トートバッグはミチノ
SOURCE:SPUR 2022年8月号「残ったのは、愛するものだけ 素敵な大人のワードローブ語り」
photography: Hiroko Matsubara (桐野夏生), Chiara Santarelli (Marie Rucki) styling: Naomi Shimizu (桐野夏生) hair & make-up: Taeko Kusaba (桐野夏生) interview & text: Chiharu Itagaki (桐野夏生) edit: Minako Norimatsu (Marie Rucki)