シュールでアートな作品群との対話。スキャパレリの美学

モードをアートに昇華させた、エルザ・スキャパレリ。メゾンとしてのスキャパレリの未来を担うのは、アーティスティック・ディレクターのダニエル・ローズベリー。『Shocking Life(原題)』なる自伝を綴ったエルザのクリエーションの集大成とダニエルの代表作を、パリ装飾芸術美術館での展示に見る

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ギリシャ神話の光明神(ポイボス)と巫女(メデューサ)から太陽王ルイ14世、占星術まで、エルザが好んだテーマが複数読み取れる、象徴的なモチーフのケープ(1938-’39年秋冬)。クチュールのイブニングでは普通使用しないウールに贅沢な刺しゅうという革新的な組み合わせも、彼女の自由な精神を体現している。壁を覆うのは、エルザ自身が生前に装飾芸術中央連合に寄付した、6000点余りのデザイン画のスキャン

エルザ・スキャパレリのシュールな世界

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(右)ルーヴル美術館隣接の装飾芸術美術館内、ショッキング・ピンクを背景に"ポイボス"が輝く、展示場入り口  (左)1890年ローマにて、イタリアの貴族の家系に生まれる。若くして離婚後、生計を立てる目的もあり、モードの世界で働き始める。1927年にメゾンを設立、シュールレアリスムのアーティストたちと親交を深める。’54年にメゾンを閉め、’73年に死去。孫はモデルで女優のマリサ・ベレンソン。

さまざまな観点で革新的だった彼女の、クリエーションとネットワークを紐解く

アヴァンギャルドでリュクスなモードの代名詞、スキャパレリ。シュールレアリスム最盛期にエルザ・スキャパレリが開いたメゾンは、瞬く間にアート界や上流階級を虜にした。
「30年近くにわたる彼女のキャリアはとても幅が広いですが、テーマ分けは意外とスムースでした。エルザは、各コレクションに音楽、喜劇などテーマを設けた最初のクチュリエだったんです。なので、コレクションを追ったディスプレイは自然と時代考証につながりました。彼女のモードと、他分野の作品の数々の関連を探るのは、とても興味深いプロセスでした」

こう語るのは、『Shocking! エルザ・スキャパレリのシュールレアリスムな世界』展のキュレーター、マリー=ソフィー・キャロン・ドゥ・ラ・キャリエール。本展はエルザとモードのなれそめから始まり、"アーティストたちの一群"のコーナーを経て、上階では指標となるコレクションの数々に加え、刺しゅうなど技術面での彼女の革新性を見せている。

information
Shocking! Les Mondes Surréalistes d’Elsa Schiaparelli展
〜2023年1月22日
Musée des Arts Décoratifs 107, rue de Rivoli 75001 Paris MPalais Royal
開館時間:11時〜18時、〜21時(木)
休館日:月曜 
https://madparis.fr

ダニエル・ローズベリーが見つめる未来

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(右)アメリカ・テキサス生まれの37歳。聖公会の教役者の父のもと、敬虔な家庭に育つ。ニューヨークのFITでファッションを学んだのち、10年間余りトム・ブラウンでメンズとウィメンズのデザイン・チームのヘッドを務める。2019年、スキャパレリのアーティスティック・ディレクターに就任。  (左)イントロダクションに続く最初の部屋では、二人の作品を並列して見せている。右奥には、メゾン設立のきっかけとなったトロンプルイユのニットの展示・左手にはSをかたどって金箔で仕上げたベンチの脇にダニエルの代表作が並ぶ。中央のドレス(2021-’22年秋冬)のバラとその左 (2022-’23年秋冬)のルックのデコルテラインは、次ページ6のコクトーのドレスに呼応する

エルザ・スキャパレリのレガシーを継ぎ、進化させる彼が今考えること

『Shocking! エルザ・スキャパレリのシュールレアリスムな世界』展の準備が始まったのは、折しもまだ無名だったダニエル・ローズベリーがメゾンに迎えられた、2019年。この3年間で、世界は大きく変化した。クリエイターたちのファッションへの思いも、大きく揺れ動いた。本展オープニングを控えた7月4日、スキャパレリのオートクチュールのショーで各席に配されたショーノートで、ルックの詳細を記したリストに添えられたのは、ダニエルの赤裸々な思いを綴ったメッセージ。コレクションのコンセプトでも、展覧会に関する挨拶でもなく。要約すると「ファッションは無駄なことだと思われるかもしれないけれど、同時に感動的で、説得力があり、素晴らしいもの。今こそ子どもの頃の感動を思い出し、創造性において無垢な状態に立ち返りたい」という内容。

翌日、ヴァンドーム広場のサロンでその真意を尋ねると、彼はこう語った。「これまで当たり前だと思っていたことがそうではなくなった今、僕たちにはもっともっとロマンスが必要だ。ショーについての説明を書かなかったのは、ロマンスにあふれたこのコレクション自体が、多くを語ると信じたから。厳しい現実が存在する一方、美しいものを見て作ることは、僕にこの上ない喜びと安らぎをもたらしてくれる」。最新コレクションの抜粋も含めた本展は、こんな彼の思いを知って見てこそ、深みが増す。前述のキュレーター、マリー=ソフィーが、彼とのやりとりを通じて感じたことにもうなずける。「ダニエルは独自の深い価値観を持ち、地に足がついた、誠実で明晰なクリエイターだと思います」とは彼女の言葉。

エルザとダニエルのダイアローグともいえる本展では、彼が目や唇、耳、また筋肉や骨格といった身体の一部を切り取って誇張したドレスやジュエリーが目を引く。しかし最新コレクションでは、シュールレアリスム的なアプローチは影を潜めていた。「好評だからといってそれらを続けるのは怠慢だと思ったから。しかも改めてエルザのアーカイブスを見ると、もっとほかにもたくさんの素晴らしい仕事がある」。逆に彼が注目したのは、テクニカルな一面だ。

「ドレーピングや肩のシームといった、テーラリングのディテール。そして貝を使った刺しゅうなど、既成概念にとらわれない素材使い。とにかくあらゆる点での自由な発想に圧倒された」。こう言うダニエルは、まるでオブジェのようなボタンや香水ボトルなど、ファンタジックな面にも魅せられた。「これまでは骸骨や黒の服など、エルザのクリエーションのダークサイドに惹かれていた。でもサーカスや道化師など、遊び心があふれるテーマも面白いと思ったんだ。しかもメゾンに来て3年たった今、僕なりのやり方が見つかったから、こういった直接的なテーマも客観的にこなせると思う。今後もしかしたらサーカスがテーマになるかも……」と、彼は展覧会からのインスピレーションを語ってくれた。

「エルザとのコネクションは感じたいけど、常に彼女の声に縛られたくはない。展覧会全体では、若い世代、スキャパレリというメゾンを知らない人々が僕の作品を通じてエルザについて理解できるよう、ストーリーテリング的なセレクトを心がけたんだ。特に最後の部屋では、この3年間で、メゾンがどう進化したかを見せたかった。怒涛の数週間を経てショーが終わり、展覧会も始まった今、空っぽになった感じもあるけど、とにかく誇りに思っている。スキャパレリは規模的にはそれほど大きくないものの、今では無視できない大切なポジションに格が上がったと思うから」

ダニエルの言葉は、"シュールレアリスム"つまり"超現実"をさらに超えた、メゾンの未来の可能性を示唆している。

 

展示のハイライトをたどる

2フロアにわたる展示から、アイコニックな作品一連とダニエルをインスパイアするコーナーにフォーカス

アーティストとのコラボレーション

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1 アルベルト・ジャコメッティによるブロンズのボタン(1937年)© Les Arts Décoratifs
2 サルバドール・ダリとの最初のコラボレーションは、電話ダイヤル・コンパクト© Archives Schiaparelli © Salvador Dalí,Fundació Gala – Salvador Dalí / Adagp, Paris
3 レオノール・フィニとフェルナン・ゲリー=コラスによるスキャパレリフレグランス「Shocking」のボトル(クリスタルとグラス、1937年)© Archives Schiaparelli © Adagp, Paris 2022
4 3のボトルと、フィニによるエルザの肖像画の展示
5 ダリとのコラボレーションで創られた、オマールのイブニングドレス(1937年)
6 ジャン・コクトーとのコラボレーションは、向き合う横顔が描く花瓶のシルエットにアプリケのバラがあふれる、レーヨンニットのドレス(1937年秋)

ショッキング・ピンク

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スキャパレリのアイコニックカラー、ショッキング・ピンクは、エルザ自身の命名
7 展示最終段階、ダニエルのクリエーションに捧げられたコーナーの主役は、イヤリングと一体化したドレープ使いが壮大なドレス。2021年春夏オートクチュールコレクション、つまりロックダウン中の作品。右奥にはレディ・ガガがバイデン大統領の就任式で着用した黒と赤のカスタムメイドドレスが見える
8 エルザによるタフタのイブニングケープ(1951年)

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(右)ジャン=ミッシェル・フランクがデザインした、スキャパレリのフレグランス店を再現。鳥かごのデザインを採用するアイデアは、エルザ自身が所有していたピカソによる絵画《鳥かご》(1937年)から
(左)ファンタジーあふれる会場デザインは、ナタリー・クリニエール。2フロアにわたる展示では上階へと続く階段もピンク。上方にはスキャパレリのサロンからの眺めを示唆し、ヴァンドーム広場を象徴するオベリスクの写真を配して

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アートやデザインに精通したダニエルが「エルザの奇想天外なクリエーションとバランスがいい」と見なすのは、1935年に開かれたヴァンドーム広場のアトリエ兼サロンを飾っていた、意外とミニマルなオブジェの一連。下の左右2点はサロンの内装も手がけたアールデコ様式の第一人者、ジャン=ミッシェル・フランクによる灰皿、台座にのせた左右端の壺と中央のランプの土台は、アルベルト・ジャコメッティ作
9 ルサージュによる刺しゅうを施した、シルクサテンのボレロ (1938年)
10 ダニエルが特に注目したディスプレイは、イブニングウェアとしてのボレロをフィーチャーしたサーカスのテーマ。右の象のボレロは当時の顧客の一人、ヘレナ・ルビンシュタインが着たことでも知られる

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"占星術"の部屋から、隠れテーマ"ヴェルサイユ"が顕著なウィンドウ。ルイ15世が女王に贈ったセーブル陶器の壺(1757-’58年、ヴェルサイユ宮殿美術館蔵)と、これを着想源とする陶器のポケットを配したウールのイブニングコート(1937-’38年)。ストイックなシルエットと陶器に見る甘いロココ様式のコントラストが面白い。また、凝ったポケットのデザインは、エルザのシグネチャー

 

スキャパレリの現在、クチュール最新作

展覧会オープンの前日に発表された、ダニエル・ローズベリーによる2022-’23年秋冬オートクチュール・コレクションを撮り下ろし。舞台はメゾンのお膝元、ヴァンドーム広場

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コルセットが主張する、絶妙なバランス感

極度にローライズの黒のベルベットのパンツは、オフホワイトのサテン地にパールで刺しゅうを施したコルセットの裾に、フックで留めるシステム。上には肩を強調した、マッチング素材の黒のボレロをまとって。今回ジュエリーはコンパクトにまとめたかった、と語るダニエルがアクセントに添えたのは、シンプルなベルベットのチョーカー。長いベールをつけたカノティエはスティーブン・ジョーンズの作

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黒の未来形、それはミッドナイトブルー

「黒、白、ゴールドに終始した先シーズンの流れを汲む最新作では、黒の解釈を広げたかった」と、ダニエル。色が炸裂する後半の幕開けとなるこのルックのために彼が選んだのは、黒に限りなく近いミッドナイトブルー。ベルベットで仕立てたドレスコートを覆う、咲き誇るようなアジサイ、チューリップ、蘭、ヒナギクのアプリケのフィニッシュには、金箔を施した。レギンス風のストッキングと大きなバックルのシューズでドレスダウン

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