ロサンゼルスカジュアルとNYシックが出合うとき
仕事と社交、家事や子どもの世話を両立させる日常自体がスポーティ、と言うアリッサの考えが象徴された、ワンシーン(赤ちゃんはアリッサの末娘)。"キックパンツ"は黒、白、赤、ネイビー、カーキ、アイボリーの定番色のほか、シーズンごとに展開する
先に紹介したスポーティ&リッチのエミリー・オバーグとは対照的に、ある考えから自身の顔を公開していないデザイナー、アリッサ・ザッカリー。ブランドの公式サイトにはAboutセクションを設けず、インスタグラムのアカウントもプライベートに設定している彼女はこのように語る。
「私のエネルギーが向かう先をブランドに集中させているんです。今の時点では自分を語る必要性を感じません」
10年以上ニューヨークでマーチャンダイジングに磨きをかけ、ザ・ロウではロサンゼルス店のオープンに携わり、新カテゴリーのローンチにも関わったアリッサ。ロサンゼルスに移り住んだのをきっかけに、2年前に立ち上げた自身のブランドがハイスポートだ。その核心は、ライフスタイルに対する正確な分析眼と、それに沿うウェアを可能にするために開発した、特別な素材にある。
「私自身9、7、3歳と3人の子どもがいて、かつ趣味のためや友人との外出、そして旅行も多い。歩くのが好きだしランニング、ヨガ、ピラティスもしています。でも、特にワークアウトという意味ではなく、アクティブな日常自体が、私にとってはスポーティなものなんです。これは私の例ですが、特にコロナ禍以降は、複数の職業をこなす人も多いし、モダンな女性のライフスタイルが変わってきていると感じます」
アリッサは、ブランド名に冠した“スポート”について、こう説明してくれた。一方、“ハイ”に由来するのは”ハイエンド””ハイレベル”。
「ニューヨークからロサンゼルスに移ってから、カジュアルな格好をすることが増えましたが、シックな装いも捨てがたいですね。二つの都市のスピリットのミックスが、新鮮に感じます」
マーチャンダイザーの視点でこう分析する彼女は、自分を含めそんな女性たちのニーズについて考える。
「アクティブウェアには、すでにいいものがたくさんあります。コットンシャツやレザーのハンドバッグの分野も市場は飽和状態で、これ以上作る必要はないでしょう。ファッションではすべてがやり尽くされている感じがするし、単に新しいブランドを始めることが目的ではありませんでした」
とは言え、何かオリジナリティがあるもの、セーターとジーンズの代わりになるもののカテゴリーがあるはずだと考えると、次第に理想のワードローブの輪郭がはっきりしていった。
「真に必要で役に立つもの、しかも仕立てがよくて長持ちし、愛し続けられる服を作りたかったんです。夜帰宅したときも、鏡に映る自分に自信を持って朝出かけたときと同じくらい、パーフェクトに見えるルックを」
イージーな着心地、スタイルのすべてをかなえるアイテムとは? 彼女はさらに熟考した。まずは、着脱が簡単でデリケートすぎず、頻繁なクリーニングにも耐久性があり、何よりもシワにならないことがマストだ。特に注目したのは、パンツの型崩れ。“何度着ても膝が出ないパンツ”は盲点で、探してみると意外とないことに気がついた。
さらに具体的に求めたのは、最適なコンポジションのストレッチ素材と、スポーティなムードを演出するためのマットな質感。こうして彼女が開発したのは、美しい糸で織られ、発色がよく毛羽立たないイタリアンコットンと、ライクラをミックスした伸縮素材だ。コットン68%、ライクラ28%、エラスティン4%という特別な配合に2年の歳月を費やした。それまでもつき合いのあった生地メーカーとの仕事だったが、企業は規模の大きいオーダーやブランドを優先する傾向にあるため、アリッサのプロジェクトはしばしば後回しに。しかし、目的から目を逸らすことなく、彼女は忍耐強く数度の試作をし、ついに理想の素材を手に入れたのだ。
これを用いて完成した、ブランドを象徴するアイコニックなアイテムが“キックパンツ”だ。ファスナーやボタンがなく、着脱はまるでレギンスのようにいとも簡単。体を締めつけない適度なストレッチ性と、ややフレアで短めの丈も、動き回るにはぴったりだ。
特別な素材と 鮮やかな色で、一年中着回せるアイテム
2024年SSのルック。(写真右上)コート(参考商品)、ヴィスコースとポリエステルをミックスしたトップス$860、シグネチャー素材であるコットンとライクラのキックパンツ$860。(写真右下)トップス$1,140、キックパンツ$860。(写真左)Tシャツ各$580、ギンガムチェックのパンツ$880、中央のスカート$960、セーター$640。NET-A-PORTER(https://www.net-a-porter.com),Moda Operandi(https://www.modaoperandi.com)で入手可能
アリッサにとってもう一つ大事だったのは、スタイリングのしやすさ。つまり、モジュラー性だったと語る。
「素材も縫製も最高なので、確かに値が張ります。しかし、たとえばハイスポートの4つのアイテムを持っていたら、簡単に着回せるし、買い足していけばいろいろな組み合わせが可能です。特にコットンとライクラの製品は通気性がよく、暖かい。オールシーズン活躍するんですよ」
こんなふうにいいことだらけのハイスポートのヒットアイテム、キックパンツ。定番色のほか、これまで出したシーズン色ではターコイズ、パープル、ピンクなどビビッドな色合いも予想外に需要が高い。スポーティなムードに加え、このカラーパレットのおかげで、ハイスポートはクワイエット・ラグジュアリーでも、コンセプチュアルでもなく、そして装飾過多とも違う、新しいカテゴリーを見出した。
「色選びでは、アートからインスパイアされることが少なくありません。特に20世紀半ばのアーティストの色使いに惹かれます。たとえばジョン・チェンバーライン、ロバート・ラウシェンバーグ、フランク・ボウリング……。最近ではパリで見たロスコの展覧会に触発されました。ロサンゼルスの光や、緑の多い環境にも、無意識に影響されているかもしれません。生き生きとしたトーンは、ブランドや私のムード、フレンドリーでインクルーシブな姿勢も象徴しています。世界からの悲しいニュースが多い昨今ですが、人々に元気を与えられたら、と思っています」と、ポジティブなアリッサ。ハイスポートを身にまとえば、メンタルヘルスにもいい影響を与えてくれそうだ。日本でもこの夏からロンハーマンで入手可能になる。