【マイケル・ライダー】独占インタビュー。「セリーヌの土台を作りたいのです」

新生セリーヌのアーティスティック・ディレクターであるマイケル・ライダーは、実力と人柄の両面で定評のある人物。アメリカ人の視点で考えるパリらしさ、デザイナーの理想の姿とは——。あふれる思いをシュプールに語る。

新生セリーヌのアーティスティック・ディレクターであるマイケル・ライダーは、実力と人柄の両面で定評のある人物。アメリカ人の視点で考えるパリらしさ、デザイナーの理想の姿とは——。あふれる思いをシュプールに語る。

マイケル・ライダー 独占インタビュー

マイケル・ライダー SPUR

ファッション界が大きく揺れ動いた2025年が、終わろうとしている。この1年を振り返ると、数々の新任デザイナー・デビューのなかでも最もポジティブなエネルギーをもたらしたのは、セリーヌだと言えるだろう。まずは秋のファッションウィークに先んじて7月初旬、メンズとウィメンズ混合のスプリングコレクションを発表した。新しくアーティスティック・ディレクターを務めるマイケル・ライダーは、ちょっと変わった経歴の持ち主だ。

マイケルの両親は弁護士で、特に母は人権のスペシャリスト。マイケルの最初の職は、教師だった。彼が中学校で教鞭を取っていた2年間に教えていたのは、問題があって通常のクラスから外された生徒たち。一方、小さな頃から絵を描くのが好きだった彼は、人々が服装でアイデンティティを表現するのを見るのを常に楽しんでいた。ただ、ファッションはあくまで楽しむためのものと考え、仕事になり得るとは認識していなかった。しかしファッションへの興味は次第に高まり、思い切って教師を辞職。ニューヨークのガーメント・ディストリクトのテーラーで無給の見習いをしながら、現場で服づくりを学び始めた。同時にアルバイトで店員をしていたセカンドハンドショップで初めて目にしたのが、ニコラ・ジェスキエールによるバレンシアガの服。その革新性に打ちのめされ、彼はバレンシアガのインターン募集があるのを知ると、早速パリへ。その後は持ち前のセンスと実力と人柄が、現在のマイケル・ライダーへと導いた。

コレクションの背後に感じられる、実直で安定感のある人柄

2026年春夏 セリーヌ スプリングコレクション

2026年春夏ファッションウィーク終盤の10月初旬、セリーヌのサマーコレクションはパリのはずれ、サン=クルーの森に設置された野外ランウェイで開かれた。日曜日の散歩をイメージした会場にはオレンジの香りが漂い、ゲスト席にはイニシャルが刺しゅうされたクッションが。フランスで夏に黒をまとう人々を見るのは、アメリカ人のマイケルにとって新鮮だったとか。そんな思い出も、このコレクションに取り入れられた。白と生成り、黒とネイビーの組み合わせも心憎い。

マイケルの初コレクションで業界関係者から消費者まで多くの人々を熱狂させたのは、エッセンシャルアイテムのコンテンポラリーな解釈と、キレのいい原色使い、そして誇張されたアクセサリーの数々。また彼は、セリーヌ特有の気取りのない“フレンチ・シック”と“スポーティ”を土台としつつ、9年間このメゾンでマイケルの師匠であったフィービー・ファイロと、前任者エディ・スリマンの相反するスタイルを、ほどよく取り入れた。それは“クワイエット・ラグジュアリー”の次を求めていたわれわれに絶妙なタイミングで響くとともに、服が本来持つべき価値観を示唆してくれた。そして無数のスタイリングのアイデアで、服を着る楽しさを提案。詳しくは後にマイケルの言葉を借りて語るが、何より私たちが強く感じ取ったのは、コレクションの背後に読み取れる、人柄だ。合理的で単刀直入、そして安定感があって幸福感を与えてくれるデザイナー……。この臆測は、彼と1時間にわたって話すことで確信できた。

「大切なのは、パーソナルな印象を与えること。もし私という人間がコレクションに反映されていると受け取ってもらえるなら、とてもうれしいですね」。マイケル・ライダーはこう切り出した。早速、彼自身がコレクションとの関係を認める“人間性”について、少し突っ込んでみる。カギと思えるSNSを避ける理由について尋ねると、意外にも笑いとともにこんな返答が。

「インスタグラムのアカウントを持っていないのは、作る機会を逃してしまったからです。スマートフォンを使い出したのも、実はほんの2年前。携帯電話はアプリよりも、もっぱら人と話すために使っています」。とはいえ、そこにはやはり主張があった。

「人々の真の姿、真の人生にとても惹かれるんです。もしいろいろな人の偽りのない日々を公開する何かがあったら、私はきっとやみつきになってしまうでしょう。しかし実際よりよく見せた日常をSNSで追うことには興味がないんです」。さらに真実にこだわる彼の視線は、メゾンの過去と未来への取り組みにも顕著だ。

「セリーヌの土台を築いていきたいんです。どんな人でもすべてを発明できるわけではない。セリーヌの過去のデザイナーたちが素晴らしかったのは、セリーヌ・ヴィピアナ(メゾンの創業者)同様、周りにあるいいものを見極め、蓄積していったこと。私はその中でも、自分が好きなものをシェアしています。前任者たちの仕事を“なかったこと”にしてインスタグラムの過去の投稿を消し、ロゴの字体を変え、店舗を大改装するのは、モダンではありません。変革が最短の刷新とみなす人も多いでしょうが、数年後にまたそれは繰り返される。私は混乱を招きたくないんです。特に、世界が混乱にあふれているこの時代においては。それに、やたらな廃棄には賛同できません」

マイケルのこれらの言葉には、多くの意味が含まれているだろう。状況にかかわらず、いいものは取り入れるという合理性、信念を突き通す強さ、そしてサステイナビリティへの懸念。さらに、彼が今では通算15年ほど住んでいるフランス流のものの考え方、いい意味での個人主義も感じられた。彼にとっては、9年間フィービーの右腕だった経歴は一事実であって、メディアが騒ぐ一方、それを特にアピールしようとはしていない。

「各メゾンが新任デザイナーを迎える場合、いずれも異なる背景がありますし、私たちはそれぞれ仕事の仕方も違いますから」

 

2026年春夏 セリーヌ スプリングコレクション

スプリングコレクションは、パリ2区のセリーヌ本社がある歴史的な建物内で。スカーフとエレクトリック・ブルー、ブレザー、そしてボクシング・ブーツ、とキーアイテムが凝縮されたルック。

私にとってパリらしさは、ジョワ・ド・ヴィーヴル

マイケルを語るとき必ず引き合いに出される表現が、“パリのアメリカ人”。彼はパリに移り住んだ2000年代初頭を振り返ってこう語る。

「コーヒーショップもなく、カフェでサーブされるのは苦いエスプレッソだったし、誰も英語で話しかけてくれませんでしたが、すぐにパリが大好きになりました。当時のファッションは規模が今ほど大きくなく、ニッチな産業だったんです。フランス語も話せないのに、ファッション業界のフレンチブランドで働いていた私は、ほとんどのフランス人にとっては珍しく感じられたことでしょう」

そんな、“異邦人”の目で彼が学んだのは、“フレンチ”というコード。「ハイエンドファッションに軽やかさをもたらしたい」と語る彼の目に映る“フレンチ”は、こうだ。

「ランダムで遊びがあり、完全ではないゆえにチャーミング。たとえて言えば、着込んだ服や、裾の長さが的確ではないパンツ」。また、夏に黒を着る習慣はアメリカにはないから、フランスで夏に黒を着る人を見かけて、“夏=弾ける色合いや花柄”ではないと悟ったのは、とても新鮮だったとか。

「昨今のファッションは皮肉にあふれていたり、かと思えばとてもシリアスです。それに反して、“ジョワ・ド・ヴィーヴル(生きる喜び)”がパリらしさだと思います。ありきたりの表現はしたくないんですが」と、マイケル。ここで、最新のサマーコレクションのショーノートに綴られていた「私たちは何がセリーヌで、何がそうでないかを考えました」というくだりを思い出し、それについて尋ねてみた。

セリーヌの“コード”は言葉で語るのではなく、感じ取るもの

2026年春夏 セリーヌ スプリングコレクション

ラガーシャツはマイケルのアメリカ人としてのルーツを思わせる。スキニーパンツは新しい解釈のスタイリングで。

「私のワードローブには無数の服がありますが、どれにもアイコニックなコードが読み取れます。でもそれらをやたらにコピーしたいわけではありません。楽しんでいるのは既存のコードに挑み、方向転換させ、そして前面に押し出すこと。私が避けたいのは、既成概念の、短絡的なコード表現なんです。これについてはよく聞かれるので、熟考しました。ブルジョア、パリジェンヌ……など、さまざまに要約されていますが、それらはセリーヌがあり得る姿を限定してしまいます。メゾンのスタイルにはもっと広い意味合いがあるのに。また、人によって解釈の仕方は異なるのに、それらの言葉が持つ意味を狭めてしまう。シンプルであればあるほど、実は意味が奥深く、広い。言葉で表したくないのはそのためです」。シンプルなことはありきたりのやり方で解釈をしないようずっと努めてきた、と言うマイケル。言葉にしたくない理由を長々と語ってくれたこと自体が、彼の非凡なアプローチだといえるだろう。そんな彼にとって、コードは語るためのものではなく、感じるもの。

「“それ”が現れたときにはピンとくるんです。そもそもファッションで大事なのは、感じることですね」。一方彼は、“セリーヌでないもの”のほうが定義しやすいという。

「ファッションはともすれば疎外感を与えるかもしれませんが、セリーヌは違います。セリーヌはさまざまな人々から愛され、万人にオープンです。そのブティックは来る人を温かく迎え、何かを感じられる場所。一過性ではなくタイムレスを体現するメゾンなんです」。ここで彼がいう“長持ちする服”とはものとしてのクオリティはもちろん、スタイル、哲学のすべてにおいてである。

「タイムレスな服=ベーシックなデザインになりがちです。ファッションは本質的には一過性のものですよね。その事実を加味した上で、“持続性のある服”を作ること。その緊張感こそが、私にはとてもエキサイティングに感じられるのです。洗練されすぎず、いろいろな着方ができ、動きやすい、オーセンティックな服。でも単なるベーシックとは違うんです。ベーシックだったら、すでにいいものを作る専門店がありますしね。私がセリーヌで意図するのは、“コンテンポラリーなクラシック”です。25年後にも買って正解だった、と思わせる服」

出発点は、アティチュード。焦点が定まったら、自然に発展していく

2026年春夏 セリーヌ サマーコレクション

サマーコレクションより。原色のスカーフは、引き続きヒーローアイテム。ここではパッチワークに。

次にコレクションづくりのプロセスについて尋ねてみると、「出発点は常に、アティチュードです」と、マイケル。その一つとして彼が挙げたのは、肩のボリューム感だ。堂々として、しかもクールな身のこなしを促すであろう、極端なショルダーライン。それを新たに定義することに集中したら、あとは自然とことが進む

「ドローイングを描き、人々と話し、アシスタントたちとムードボードを作り、新聞を読み、街に出かけ、美しいものをたくさん見て、スタジオに戻り、音楽をかける。つまり、毎日を生きているんですね。特に大切なプロセスはなく、すべてが同時に発展していきます」

こうして出来上がったサマーコレクションは、彼いわくスプリングの延長線上にある。前回に比べ原色よりもニュートラルカラーが増え、ジャカードの花柄のミニドレスがやや唐突に現れたかと思えば、黒のロングドレスが登場。プレッピールックもアップデートされた。彼はコレクションを、アルファベットにたとえる。AからZまでの26字が一つの集合体を成すように、個々に完結したルックはいずれもセリーヌの分子。理論的な共通点は必要ない。

「私はいわゆるファッションデザイナーです。アーティスティック・ディレクターでもあるけれど、映像を指揮し、コラボレーションするアーティストを選ぶためにここにいるわけではありません。ワクワクする服を提案するファッションデザイナーだと思ってください。“プロダクト・ファースト”なんです。あ、シューズ・ファーストかもしれません」。確かに、サマーコレクションのショーノートにも、「服、靴、それらすべてが、いかに私たちの思い出の一部となるかを考えます」というくだりがあった。そこで、彼の個人的な服の思い出、最も大切にしているものについて聞いてみる。

セリーヌ サマーコレクション

サマーコレクションの冒頭では、原色を小花柄のジャカードで表現した。

愛着がある服や小物の思い出は、私の人生そのものです

「服の思い出、それは私の人生そのものです!服にとても愛着があるんです。今までこんな質問をされたことはなかったけれど、語るには何時間も必要です」。彼が“服を捨てないこと”にこだわるのは、ここにも理由があるのかもしれない。ありきたりのサステイナブルの概念とは違うところに。

「たとえば、私の父が着ていたミリタリージャケット。美しいカーキ色でしたが、洗濯を繰り返して、今では目が覚めるようなグリーンになりました。とても美しいジャケットで、今でもオフィスに保管しています。そして私の夫の、赤いウエスタンブーツ。私は彼と出会ったとき、まずこのブーツに目が行ったんです」。赤のブーツはその後の彼の人生において、繰り返し指標となったそうだ。

彼の服や小物への愛は直ちにシェアでき、幸福を与えてくれるもの。マイケルはデザイナーとしてのキャリアを歩み始める前、「自身が服を作ることで人々を幸せにできるとは思いもよらなかった」と言うが、今改めて、「デザイナーになってくれてありがとう」と言いたい。ちなみに本誌が発売される11月21日は、マイケルのバースデー。単なる偶然とはいえ、ますます彼が身近に感じられる。マイケル・ライダーによる新生セリーヌを、愛さずにはいられない。

Michael Riderプロフィール画像
Michael Rider

1980年ワシントンD.C.生まれ。教師を務めた後、2004年にパリに移り、ニコラ・ジェスキエール率いるバレンシアガでインターンからデザイナーに昇格。’08年から9年間はセリーヌにて、フィービー・ファイロのもとでデザイン・ディレクターを務める。ポロ ラルフ ローレン のウィメンズウェアを経て、’25年セリーヌのアーティスティック・ディレクターに就任。

CELINE 2026 SPRING COLLECTION

セリーヌ スプリングコレクション

ジャケット¥451,000・シャツ¥286,000・セーター¥214,500・デニム¥143,000・ベルト¥148,500・ピアス¥83,600・ネックレス¥104,500・ポーチ¥137,500・スカーフ¥88,000・ブレスレット¥192,500・チャーム(左)¥51,700・(右)¥56,100・リングセット¥104,500・靴¥132,000(すべて予定価格)/セリーヌ ジャパン(セリーヌ) メガネ・ソックス/スタイリスト私物

ビッグショルダー×ピークドラペルのパワフルなジャケットは今季を象徴する一枚。フロントをタイトに締めればまた違った表情で着こなせる。レトロシックなスカーフやシャツでエレガンスも忘れずに。スキニーデニムがフレッシュさを加える。

セリーヌ スプリングコレクション

セーター¥214,500・シャツ¥170,500・パンツ¥148,500・レザージャケット¥847,000・スカーフ¥88,000〈伊勢丹新宿ポップアップ限定〉・ベルト¥66,000・ベルトバックル¥29,700・シルバーブレスレット¥104,500・チャーム(左)¥51,700・(右)¥61,600・靴¥132,000(すべて予定価格)/セリーヌ ジャパン(セリーヌ) ピアス/スタイリスト私物

ボリュームで遊べるのもファッション好きにはたまらないポイント。コンパクトなアーガイルニットはメンズのワイドなチノパンと合わせて、ノンシャランなムードで着こなしたい。グラフィカルなスカーフが鮮やかなアクセントになる。

セリーヌ スプリングコレクション

ドレス¥572,000〈伊勢丹新宿ポップアップ限定〉・ハイネックトップス¥115,500・スリムパンツ¥170,500・スカーフ¥88,000・ショルダーバッグ¥495,000・(右手)ブレスレット¥192,500・チャーム(左)¥51,700・(中)¥61,600・(右)¥56,100・(左手)カフ¥104,500・靴¥132,000(すべて予定価格)/セリーヌ ジャパン(セリーヌ) ソックス/スタイリスト私物

ショルダーのビッグボウが目を引くウールドレスは一枚でも、レイヤリングしても活躍。タートルネックやシューズを白でまとめて、知的なパリジェンヌのスタイルをお手本に。

セリーヌ スプリングコレクション

ジャケット¥704,000・ハイネックトップス¥115,500・デニムシャツ¥154,000・ネクタイ¥39,600・セーター¥154,000・コーデュロイパンツ¥170,500・ポケットにつけたブレスレット¥192,500・チャーム(左)¥56,100・(右)¥51,700・ベルト¥66,000・ベルトバックル¥29,700・バッグ¥616,000(すべて予定価格)/セリーヌ ジャパン(セリーヌ) 右手カフ/スタイリスト私物

一つひとつはタイムレスなアイテムでも、スタイリング次第でその人の個性が表れる。オーセンティックなブレザーをカギに、グラフィカルなタイや存在感のあるアクセサリーで現代的なプレッピーが完成。ウエスタン調のシャツもほどよいスパイスに。