スター誕生の瞬間、会場はスタンディングオベーション
10月7日に幕を閉じた2026年春夏パリ・ファッションウィーク。シャネルのマチュー・ブレイジー、ディオールのジョナサン・アンダーソン、バレンシアガのピエールパオロ・ピッチョーリ、ロエベのジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデス、メゾン マルジェラのグレン・マーティンス、ジャンポール・ゴルチエのデュラン・ランティンク、カルヴェンのマーク・トーマス。
遡れば、ミラノではボッテガ・ヴェネタのルイーズ・トロッター、ジル サンダーのシモーネ・ベロッティ、ヴェルサーチェのダリオ・ヴィターレが、ウィメンズのファーストコレクションを披露。グッチのデムナに加えて、プロエンザ スクーラーのレイチェル・スコットの本格的なデビューは次シーズンになるが、実に10以上の主要ブランドがフレッシュに生まれ変わった。これほどの大転換は1997年の“ファッション・ビッグバン”以来ともいわれる。
1997年は“アンファン・テリブル”と称されたアレキサンダー・マックイーンがジバンシィに、ジョン・ガリアーノがクリスチャン・ディオールに、マーク・ジェイコブスがルイ・ヴィトン、エディ・スリマンがイヴ・サンローランに起用され、奇才たちが強烈な個性でモード界をリードした。
一方、2025年はヘリテージに敬意を抱き、チーム力を最大限に引き出すリーダーシップ、そして圧倒的なセンスを兼ね備えたデザイナーがタクトを振る。その音色は見る者の心を震わせ、シャネル、ディオール、バレンシアガ、ロエベのフィナーレでは自然とスタンディングオベーションが広がった。会場は熱気に包まれ、祝福と讃辞の拍手が鳴りやまない。それはまさに、スター誕生ともいえる瞬間だった。
服そのもののパワーに魅了され、純粋にクリエーションに感動する。商業主義に取り込まれないファッションが、再び文化の灯をともす時代がやってくる。
MATTHIEU BLAZY(マチュー・ブレイジー)×CHANEL(シャネル)
自由をまとう創造性 CHANEL
ファッションシーンに刻まれる瞬間となった、マチュー・ブレイジーによるシャネルのデビュー。メゾンのレガシーとマチューのフレッシュな感性とが美しく調和した"ユニバーサル"なコレクションは、早くもモードラバーの心を捉えた。
スタイリストの飯田珠緒さんは、ファーストルックが登場した途端、思わず"可愛い!"と声が出たという。「マチューが作り上げたのは、紛れもなくガブリエル・シャネルが目指したメゾンの精神。彼女が当時着ていた、パートナーのメンズ服へのオマージュのようなジャケットやシャツがその代表です。展示会で見た小物はどれも素晴らしく、中でも記憶に残っているのは、ひよこのイヤリング。ウィットに富んだ遊びでさえ、シックという箱の中に収めるセンス。なかなかできることではありません。久しぶりにファッションに対してワクワクしています。こんな気持ちにさせてくれてありがとう、という思いでいっぱいです」。
ゆるやかなシルエット、軽快な素材、そしてどこかアンダンなムードは、すべての女性を肯定するかのようにオープンな姿勢を見せる。愛と自由に満ちた雰囲気は、シャネルを起点に業界全体を包む。
1 ヘッドピースは、エレガンスにツイストをきかせる名手であるマチューのセンスを物語る2 ツイードと見せかけて総ビーズ!3 ガブリエルのスタイルを反映するハンサムなセットアップ4 ラストルックはモデル、アワー・オディアンのダンスのようなウォーキングと相まって多幸感いっぱいに5 メゾンのクラフツマンシップも存分に発揮6 話題をさらったシャルべ製のシャツ7 アイコンもボンバージャケット風に刷新
ファーストルックを射止めたアディサ・ベルゼニアにインタビュー! 「出演が決まったのは、ショーの2日前。眠れないほど興奮しましたし、地元アブハジアの家族や友人にも内緒にしていたので、落ち着かなかったです。ファーストルックに選ばれたことは本当に光栄で、歴史に刻まれるショーだと確信していたので、シャネルに関わる人々のために誇らしくあろうと思いました。
インハウスモデルとして、すべてのルックを細部まで見ることができたのも幸せでしたね。マチューにとってシャネルのモデルは単なるモデルではありません。それぞれが背景に個性的で尊いストーリーを持った女性たちとしてリスペクトを示してくれます。その姿勢の通り、今後シャネルはより生き生きとした、感情豊かな表現をしてくれるはず。これは、間違いなく新しい時代の幕開けです!」
JONATHAN ANDERSON(ジョナサン・アンダーソン)×DIOR(ディオール)
偉大なるモードの革命 DIOR
ジョナサン・アンダーソンが手がけるディオールのウィメンズ初コレクションは、可愛らしさの中に遊び心をちりばめたルックに目を奪われる。細部にフォーカスすると、歴史の再解釈やディテールの巧みさが光る。
「ジョナサンと一緒に冒険に出たような、ワクワクする気持ちになりました。ディオールのエレガントでフェミニンな世界に、彼らしいユーモアや親しみやすさを融合させたバランス感が見事。花のモチーフやメンズでも印象的だった『バー』ジャケット、ボウなど。一つひとつにメゾンのコードやストーリーが織り込まれており、そこに自身のカラーを反映させる手腕が素晴らしい。そして、ただ再現するだけではなく、シックな装いにワークウェアやデニムといった日常着を掛け合わせる大胆さ。リアルクローズの新境地を生み出してきたジョナサンが、どんな"クリエイティブな冒険"へ連れていってくれるのか、次のシーズンも楽しみです」(デジタル編集長並木)。
「この人はどこまで行ってしまうのだろう、とジョナサンの才能にちょっと恐怖を覚えるほど。メゾンのアイデンティティを彼らしいモダンさで表現していて、物欲をかき立ててくれました」(ファッションエディター森田華代さん)。
伝統に裏打ちされたディオールの格調高いフェミニニティに、ジョナサンが新たな一面を加える。ディオールの新しい旅は、今始まったばかりだ。
8 とろみのあるシャツにひねりを利かせたワイドパンツのエフォートレスなバランス感9 新生『バー』ジャケットはメンズコレクションとリンクするデザイン10 ジョナサンのルーツを感じるチェック柄も印象的11 ファーストルックは「トゥールビヨン」にインスパイアされたもの12 花柄のセットアップ。ワンハンドルの「ディオール シガール」も注目を集めた13 繊細な花のドレスはムッシュの妹に捧げられた「ミス ディオール」ドレスの刺しゅうから着想を得たルック14 アーカイブスの「デルフト」をヒントにひだのように重ねたミニスカート
招待状は陶器の皿。トロンプルイユのくるみがのっている。遊び心たっぷりの演出に心が躍る
LOUISE TROTTER(ルイーズ・トロッター)×BOTTEGA VENETA(ボッテガ・ヴェネタ)
創造性と実用性の共存 BOTTEGA VENETA
ラコステやカルヴェンで研鑽を積んだルイーズ・トロッターがデビューを飾ったボッテガ・ヴェネタ。ブランドの“原点”をモダンに再解釈したコレクションについて、イタリアの日刊紙『ラ・レプブリカ』のファッションジャーナリスト、セレーナ・ティバルディはこう語る。
「非常に堅実なデビュー。前任のマチュー・ブレイジーのスタイルを損わず、より実用的かつフェミニンに再構築しています。経験豊富な彼女ですが、これほど重要な役職に就くのは初めて。よりプラクティカルで現実的な視点を持つ女性デザイナーが、主要ブランドを率いるのはとても意義があることです」。続けて彼女に期待を寄せる。
「ファッション業界は不安で流動的。画期的な変化のまっただ中です。ロゴだけで十分だった長い時代を経て、今ブランドは、その途方もない金額を払うに値する本物を創造しなければなりません。その意味で、時代を超えた品質とエレガンスの象徴とされるボッテガ・ヴェネタは、非常に有利なポジションにあります」。
ルイーズのキャリアを通じて見られるのは、ブランド哲学を尊重しつつ静かに変革していくという美学。「ボッテガ・ヴェネタの世界と彼女のビジョンは重なり合う。素晴らしい成果を期待しています」
1 評価が高かったファイバーグラスが揺れるスカートのルック2 躍動感を生む同素材はジャケットでも登場3 シルエットに見惚れるテーラリングも目立った4 肩を強調したニットと多色使いのスカート。精緻なディテールにルイーズの美学が光る5 今シーズン注目のバルーンシルエットが印象的なドレス
JACK McCOLLOUGH & LAZARO HERNANDEZ(ジャック・マッコロー&ラザロ・ヘルナンデス)×LOEWE(ロエベ)
プレイフルな色とクラフト LOEWE
ジョナサン・アンダーソンからバトンを受け取ったのは、ニューヨークをベースにプロエンザ スクーラーで評価を得ていたジャック・マッコローとラザロ・ヘルナンデスのデュオ。
大胆な原色のカラーブロッキングや、構築的なフォルムのレザージャケットなど、アート&クラフトというDNAと都会的でシャープな感性をミックスし、カラフルでポジティブなショーを披露。アメリカンスポーツウェアの要素も加え、2026年に創業180年を迎えるスペインの老舗ブランドを、みずみずしく刷新した。
「かなりのプレッシャーだったと思いますが、ショーからはパワフルなエネルギーを感じました。ジョナサン・アンダーソンが築き上げたロエベ像を踏襲しつつも、スポーティでポップな持ち味を生かしていたと思います」(ファッションエディター栗山愛以さん)。
「ジョナサン・アンダーソンのアプローチとはまた違うコンテンポラリーアートのような表現に心が躍りました。会場入り口に飾られたエルズワース・ケリーのモダンアート《Yellow Panel with Red Curve》(1989年)、ショーを見守るゲストたちの笑顔、フィナーレでのスタンディングオベーション、そのすべての瞬間に立ち会えてうれしかったです」(スタイリスト早川すみれさん)。
6 胸もとには新登場のクロップドアナグラムが7 マルケトリーの技法でカラフルなレザーを組み合わせた驚異の形状記憶トップス
8 シャツを5枚レイヤリング9 レザーパンツに細かいフェザーカットを施すことで起毛感を表現 10 高機能素材を使用したウェアの足もとはPVC素材の「エミリー」 11 ボンディング加工のレザージャケットが力強いファーストルック
PIERPAOLO PICCIOLI(ピエールパオロ・ピッチョーリ)×BALENCIAGA(バレンシアガ)
クチュールを日常着に BALENCIAGA
ヴァレンティノから移籍したピエールパオロ・ピッチョーリによるデビューコレクションは、「ハサミの魔術師」と呼ばれた創業者クリストバル・バレンシアガのボリューム感とプロポーションに着目。フェザーや刺しゅうは装飾ではなく服の構造としての役割を担っている。特筆すべきは、クチュールライクなファーストルック(12)にしても、ウールとシルクを合わせた独自開発のネオ・ガザール生地で仕立てたドレス(16)にしても、コレクションの9割がポケットを備えていること。
「体と衣服の間に生まれる空間の操り方はクリストバルを意識したものだけれど、着心地のいい素材やシルエット作り、ポケットのあり方などを見ると、やっぱりピッチョーリは現代女性の絶対的な味方なのだなとうれしくなりました。個人的にはフィナーレでデムナがデザインしたスニーカー『3XL』を履いて出てきたというエピソードもピースフルで素敵」(エディター渡部かおりさん)。
「創業者の革新的なシルエットやデザインが感じられました。バルーンスカートや、軽やかに揺れるフェザーや細長い花びらのようなディテール、トレーンのような、バックスタイルが長いシルエットが美しく気になりました」(スタイリスト吉田恵さん)。
12 優美なドレスにはエッジィなサングラスを13 ベロアのフリップフロップという意外性14 最上級に柔らかいレザージャケット15 ニコラ・ジェスキエールの系譜をくんだようなピーコートのルック16 軽さと構造を両立させるネオ・ガザール素材17 1947年発表のウェディングドレスに着想したトレーンシャツ