放課後集う、アートスクール学生

(手前)ジャケット¥31,900・ポロシャツ¥17,600/フレッドペリーショップ東京(FRED PERRY) パンツ¥68,200/WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES(DIE DREI BERGE) ストール¥4,290/Top of the Hill 高円寺
(奥右)ジャケット¥341,000/アレキサンダーワン フットボールシャツ¥9,900/「BRACKETS」SETAGAYA パンツ¥52,800/アンブッシュ® ワークショップ(アンブッシュ®)
(奥中)ベスト¥52,800・トップス¥104,500・スカート¥96,800/fernweh(Meryll Rogge) シャツ¥23,100/フレッドペリーショップ東京(FRED PERRY)
(奥左)ニット¥99,000・キャップ¥14,300/WORDS, SOUNDS, COLORS & SHAPES(DIE DREI BERGE) スカート¥289,300(参考価格)/JW ANDERSON 渋谷店(JW ANDERSON)
ペイントデニム、パッチワークニット、掘り出しものの古着のフットボールシャツ……思い思いのスタイルで当時のムード、"Do It Yourself"を表現する。
音楽通は今日も名作をディグ

(右)ジャケットの下に仕込んだタータンチェックでパンクを主張。ジャケット¥869,000・シャツ¥159,500・白トップス¥115,500・デニム¥159,500・ネックレス(チェーン)¥104,500・チャーム(時計回りに)「トリオンフ」¥51,700・「パール」¥56,100・「メダル」¥51,700(すべて予定価格)/セリーヌ ジャパン(セリーヌ)
(左)量感あるスリーブが特徴のスウェットに、レジメンタルストライプのタイをきかせて。スウェット¥170,500・白トップス¥115,500・ネクタイ¥37,400・パンツ¥198,000(すべて予定価格)/セリーヌ ジャパン(セリーヌ)
ブリットポップが世界を熱狂させるなか、ノスタルジアに浸る音楽通は今日も粛々とレコードあさり。
ミニマリストのユニフォーム

シャツ¥187,000・ニット¥335,500・スカート¥445,500・ショーツ¥105,600(すべて予定価格)/プラダ クライアントサービス(プラダ)
90年代中頃から、モードラバーはこぞってひねりをきかせたミニマリズムに傾倒した。当時のムードを運ぶ、ユニフォームの概念を崩した着こなし。ニットベストをタックインして大胆に見せる赤いショーツが、鮮烈なアクセントに。
若者が恋焦がれた二人のデザイナー

(右)キュプラのスリップドレスは、ストラップをフラミステープで挟み、熱圧着。服の既成概念を崩すメゾンのコードが息づく。シャツ¥151,800・ドレス¥422,400/マルジェラ ジャパン クライアントサービス(メゾン マルジェラ)
(左)レトロサーフなニットのポロシャツに、ビスコースサテンのカマーベルト。この突飛ながら洗練された折衷主義は、ブランドのコアだ。ポロシャツ¥122,100・スウェットパンツ¥66,000・カマーベルト¥66,000/ドリス ヴァン ノッテン
英国の若者が90年代に夢中だったデザイナーが、ドリス・ヴァン・ノッテンとマルタン・マルジェラ。彼らのDNAは次世代へと着実に受け継がれている。
ヴィンテージ巡りの旅は続く

(右)小花柄のドレスに、レザーとスエードでブロッキングしたコートを羽織り、70年代風に。アウター¥1,243,000・ドレス¥467,500・パンプス¥181,500(すべて予定価格)/ミュウミュウ クライアントサービス(ミュウミュウ)
(左)ランジェリー風ショーツに、70〜80年代のリヴ・ゴーシュに着想を得たアノラックを合わせスポーティに転ばせる。ジャケット¥462,000・ショーツ¥611,600・サングラス¥78,100・ペンダント¥81,400・サンダル¥627,000(参考価格)/サンローラン クライアントサービス(サンローラン バイ アンソニー・ヴァカレロ)
フリーマーケットやチャリティショップを巡り、過去からスタイルを"引用"する文化は90年代ヒップスターの間で大いに盛り上がった。ノスタルジックな装いで、今日も古着店巡りへ。
CINEMA 厳しい社会情勢を笑い飛ばせ

『トレインスポッティング』:原作はアーヴィン・ウェルシュの小説。斬新な場面の多くが今も引用される。(photography: Aflo)
イキのいいスタイリッシュな低予算映画が続々と世界的にヒットし、監督や俳優がメジャーシーンへと飛躍した90年代の英国映画界。でも描かれているのは案外、地元のどんづまりの状況だったりする。
ダニー・ボイル監督作『トレインスポッティング』(1996)ではスコットランドの若者たちが職にあぶれ、ヘロインに溺れ、犯罪を犯す。でも彼らは資本主義社会で「まともな人生を選ぶ」ことの嘘くささも知っていて、ユアン・マクレガー演じる主人公は「最低な奴ら(=イングランド)の植民地」である自国を軽蔑しつつ、ロンドンで仕事にありつく。

『フル・モンティ』:タイトルは「すっぱだか」の意味。失業した夫に対するそれぞれの妻の対応もリアルだ。
クールな音楽と映像の中心にあるのはそのやりきれなさ、なのだ。出演していたロバート・カーライルは『フル・モンティ』(1997)で主演。地方格差は同様で、舞台となったシェフィールドでは鉄鋼業が衰退。失業した中年男たちは追いつめられ、男性ストリップショーを企画する。それが実現するまでのドタバタ、情けなさを笑いながら、鬱やセクシュアリティ、労働者階級文化といったテーマが取り上げられる。なかでも太った男性が人前で裸になるのを悩む、ボディ・イメージの問題は結構時代を先駆けていた。

『ブリジット・ジョーンズの日記』:ヒットを受け、ヘレン・フィールディングの原作も映画も次々続編が発表された
『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)でも体重は一大テーマだ。1996年に発表された小説では、毎日の日記にブリジットの体重推移と飲酒量、タバコの量が記される。ロンドンで働く中産階級の彼女に失業の恐れはないが、シングル女性としてキャリアと結婚のプレッシャーを背負い、外から自分がどう見えるかが常に不安。
だからこそ、ブリジットは嫌みだと思っていた男性に「そのままの君が好き」と言われ、呪いが解ける。あれは、ロマコメというジャンルが変身型のシンデレラストーリーから脱皮した瞬間。元々辛辣なイギリスのコメディがあの時代、グローバルな魅力を持ったのは、鋭い批評眼と温かいハートを両立していたからだろう。
MUSIC 90年代の英国音楽はブリットポップだけじゃない!

The Chemical Brothers『Dig Your Own Hole』(1997年/Virgin Records)
90年代の英国を代表する音楽といえば真っ先にブリットポップを思い浮かべる人が多いはず。でも果たしてそうなのか?
もちろんブラーやオアシスも元気だったけれど、何よりもこの時代のサウンドの方向性を決定づけたのは、80年代後半に英国の若者たちを夢中にさせ、社会現象と化したアシッド・ハウスだった。
各地のクラブで、あるいは野外の違法パーティで踊ることで、社会の閉塞感からの解放や、差異を超えた連帯感をもたらしたこのクラブ・カルチャーのムーブメントは、エレクトロニックなダンス・ミュージックの流行に火を点けて、90年代を通じて音楽シーンに定着。ジャングル、ドラムンベース、ビッグ・ビート、トランスなどへと枝分かれしながら発展し、切れ目なくグルーヴを紡いで、DJたちが新たなロックスターになっていく。

Galliano『In Pursuit of the 13th Note』(1991年/Mercury Records)
また、ラジオ・パーソナリティとして日本でもおなじみのジャイルス・ピーターソンが名付け親となったアシッド・ジャズも、クラブ発のムーブメント。ザ・ブラン・ニュー・ヘヴィーズ、ガリアーノ、インコグニートなど、ファンクやヒップホップと融合させた、クラブで踊れるジャズを提唱する人種ミックスのバンドが人気を博し、スタイリッシュなファッションやグラフィックでも独自のアイデンティティを打ち出した。そして90年代後半になると、同様に多文化社会としての英国の姿を浮き彫りにしたユニークなシーンが形成されていく。

Talvin Singh『O.K.』(1998年/Island Records)
ロンドン生まれのインド系英国人のタブラ奏者、タルヴィン・シンが主宰する"アノーカ"を筆頭に、やはりクラブイベントから始まった"エイジアン・アンダーグラウンド"と呼ばれるシーンだ。
インドやパキスタンからの移民の2世たちは、南アジアの伝統音楽やボリウッド映画音楽を取り入れたエレクトロニックなミクスチュア・サウンドを開拓。多様なルーツに根差した表現によってブリティッシュ・ミュージックの定義が大きく広がったことも、90年代の重要なレガシーなのである。
FASHION Sign of the Timesが象徴するDIYの精神

1993年に英国中部レスターシャーで開かれた野外レイヴ・イベント、ファンテイジアに集まった若者たち。バケットハットやタイダイのデニムはアシッド・ハウスに端を発する当時の定番。(photography: Aflo)
英国ファッション評議会主宰のブリティッシュ・ファッション・アワードに、ストリート・スタイル賞というカテゴリーが新設されたのは1995年のこと。これは、英国のファッションのメインステージがランウェイからストリートに移ったことを物語る出来事だが、このカジュアル化の流れにおいて重要な役割を果たしたのがアシッド・ハウスだった(「MUSIC」項を参照)。
若者たちは踊りやすい服、クラブで映える服を求め、スポーツウェアやワークウェアや古着を身につけて、お金をかけるより個性を重視。そして野原や倉庫を会場にしたパーティを自ら企画していた彼らのDIY精神はファッションにも波及し、『i-D』誌でリメイクの特集が組まれたりしたものだ。
また、同時期にアメリカで流行したグランジ・ファッションにゴスやパンクが影響を及ぼしていたように、ヒッピーやモッズといった過去のストリート・スタイルを再評価する動きが見られ、今も続く過去からのスタイルのリミックスが90年代にすでに始まっていた。

インディー・ショップがひしめいていたケンジントン・マーケット。(photography: Aflo)
そんな若者たちにとってのトレンド発信地は、たとえばロンドンなら、インディー・デザイナーのショップやエッジィなセレクトショップが軒を連ねる、カムデンやケンジントンの常設マーケット。不況で地価が下がった中心部に、やがてこうしたショップが路面店を構えるようになる。

サイン・オブ・ザ・タイムズの内観。『YBA&BEYOND』展に参加しているジェレミー・デラーは自作のTシャツを店頭で売っていた。(photography: alamy)
なかでも、1994年にコヴェント・ガーデンに移ったサイン・オブ・ザ・タイムズは、時代を象徴するアイコニックなスポットだ。アシッド・ハウスに触発されて同店をオープンしたオーナーのフィオナ・カートレッジは、クラブを意識した最新ファッションをラインナップ。

Spend, Spend, Spendのブランド名でファッション・デザインも手がけたリー・バウリー。(photography: Aflo)
有望な新人デザイナーを発掘し、トップDJを招いてクラブイベントを主催していた彼女の感性に、クリエイターたち——スタイリストのイザベラ・ブロウ、パフォーマンス・アーティストのリー・バウリー、ビョークなどなど——も惚れ込み、カルチャーの交差点と化したのだ。

サイン・オブ・ザ・タイムズのオープニング・パーティでのビョーク。ロンドンで生活していた彼女は常連客だった。(photography: Aflo)
取り扱いデザイナーのひとりだったジェシカ・オグデンは、「あのショップはほかの店は負わないリスクを負って、若いデザイナーを信じてくれる場所でした」と振り返って語る。

ロンドン・コレクションに参加していたジェシカ・オグデンの1990年のコレクションより。(photography: Jessica Ogden)
その一方で、環境問題に関する史上最大規模の国際会議「地球サミット」が1992年に開催され、地球温暖化への関心が高まった90年代には、コンシャス・アースウェアをはじめエコロジーやサステイナビリティを意識したブランドが登場。
「新しい素材にはない歴史を含んでいるところに惹かれてヴィンテージの生地を使い始めた」と話すジェシカも、傷んだキルトを用いてアップサイクリングを試みていた先駆者だが、彼女にとって90年代のロンドンのファッション界はどんな場所だったのだろう?
「あの頃、ロンドンは海外のバイヤーやプレスにとってまだまだ注目度が低い街でした。でもデザイナーが生き延びるために支えてくれる人たちがいて、表現の場を提供してくれる素晴らしい雑誌があった。確かなコミュニティ意識が育まれていましたね」