Photo by Ellen Marszalkowski
Q まずはファッション心理学について教えてください。また、この分野を立ち上げたきっかけとは?
私にとってファッション心理学とは、「内面」と「外見」を一致させるためのアプローチです。感情やマインド、そして身にまとうものが調和したときに生まれる感覚——それを内側から外側へとスタイリングしていく考え方だと言えます。
学術的には、色やイメージ、スタイル、シルエット、美といった要素が人間の行動や心理にどのような影響を与えるのかを研究・実践する分野であり、同時に文化的背景や感受性にも目を向けます。ファッションを通して心に働きかけることは、個人が自分自身や置かれた環境との関係性を主体的に取り戻す力になるのです。
この分野を生み出すきっかけは、私自身がこれまで数々の困難と向き合ってきたから。超早産児として生まれたことをきっかけに、私は感覚が非常に鋭くなり、意識が芽生えたごく初期の段階から、「外的要因が内面の状態にどのように影響するか」を理解するようになっていました。
転機となったのは、大学在学中に性的暴行を受けた経験。アフリカ系アメリカ人、そしてジャマイカ系という私の文化的背景では、個人的な苦悩を公に語ることはよしとされず、一般的なセラピーを受けることに抵抗があったんです。その痛みや抑うつ、絶望の中から理論を書き始めたことが、やがて「ファッション心理学」という分野の誕生につながりました。
Q なぜ「服」は、感情や自信、自己認識にこれほど大きな影響を与えるのでしょうか?
服は、どんな文化や社会にも深く根づいていますし、言葉を使わずに、意図的に私たちの気分を変えられる力を持っている。たとえば、これまでで最も自信に満ちていた瞬間を思い出し、そのとき何を着ていたかを振り返ってみてください。色や素材、シルエットを意識的に選ぶことで、その感覚を再び呼び起こすことができます。
私自身、ファッション工科大学で比較的若い年齢で教授になったので、当時はよくブレザーを着ていました。構築的なフォルムが、威厳を与え、自信につながるからです。一方で同じスーツでも、人によっては窮屈さや圧迫感を覚えることもあるでしょう。だからこそ、ファッション心理学では、文化的背景や個人差への配慮が欠かせないのです。
Q 近年はクワイエット・ラグジュアリーが主流でしたが、2026年春夏には、鮮やかな色や表情豊かな素材の服が再び注目されています。この変化をどう捉えていますか?
この流れは、今の世界が共有している「集団的な心理状態」を映し出しているように思います。インフレ、孤立、紛争――私たちはデバイスを通して、似たような不安や緊張を同時に体験しています。社会的な要因によって多くのことがコントロール不能になる中で、唯一自分で選べるのが「何を身にまとうか」です。喜びに満ちた鮮やかなファッションの高まりは、いわゆる"ドーパミンドレッシング"――装いを通して自律性や高揚感、心のバランスを取り戻そうとする試みだと言えるでしょう。
©Dr. Dawnn Karen
著書『Dress Your Best Life』。日々の中で服によって気分を上げ、自信を持てるようなヒントが詰まっている。政治家から"お母さん"まであらゆるクライアントと向き合った経験も語られる
Q スタイリングによって喜びを感じるための、最もシンプルで効果的な方法は?
色、質感、そしてシンボルを「意図的に」使うことです。私の著書『Dress Your Best Life』でも触れていますが、黄色は文化を超えて喜びを喚起する色であり、スマイリーフェイスのようなモチーフも幸福感を象徴します。鮮やかな色は人の気持ちを軽やかにし、インスピレーションや高揚感をもたらします。それは自分自身のメンタルヘルスを整えるだけでなく、周囲の人にもポジティブな影響をもたらす。素材感については、肌が呼吸できるような、軽やかで流れるシルエットのものがおすすめ。窮屈さや拘束感とは正反対の感覚を与えてくれるでしょう。
2026年春夏コレクションの中では、ドリス ヴァン ノッテンが"JOY"のムードを顕著に体現していたと考えます。ビーチの波から着想を得たというその世界観は、水のように自由で流動的、そして色彩に満ちていました。安らぎと前向きな気持ちをもたらすという意図が明確でした。
だからといって、趣味にそぐわないデザインを着る必要はない。大切なのは、感情と装いが調和していることです。今の自分、あるいは「こうありたい自分」に合わせて装いを選ぶことが、心のバランスと真正性を生み出すのです。
photo by LEA EMERLYN @emerlyn.photography
SNSで見られる自身の着こなしも鮮やかな色や柄にあふれる
Q 自身の経験の中で、スタイリングと喜びの感情とがつながった瞬間は?
最近の誕生日には、白とフェザーのウェアを選びました。白は、人生の新しい章へ進むための浄化やリセットを象徴しています。フェザーは華やかさと喜びをもたらし、70年代を思わせるムードによって、平和や愛、幸福といったテーマを表現できました。
Q なぜ今、ファッション心理学が重要になっているのでしょうか?
テクノロジーの発達によって、私たちは常に世界とつながり、メンタルヘルスに関する情報にもアクセスできるようになりました。一方で心の不調は増え続けています。専門家のサポートは不可欠ですが、人々は同時に「自分で自分を支えるためのツール」を求めています。服は、その最も身近なアイテムのひとつです。
ファッションブランドやメディアも、消費者のメンタルヘルスを最優先に考えるべきでしょう。色や形、質感が感情や行動にどう影響するのかを、デザインの出発点に組み込んでください。ストーリーテリングも、単なる憧れの提示にとどまらず、意図やセルフケア、感情との向き合い方まで含めてほしい。ファッションを「トレンド」ではなく、「心を整えるための道具」として伝える視点が重要です。
©Getty Images
ドリス ヴァン ノッテン2026年春夏ウィメンズコレクション
Q 最後に、日本人の着こなしによる自己表現に対しての意見を聞かせてください。
日本では、適切さやトレンド、他者からどう見られるかを重視し、個人表現よりも集団の調和を大切にする傾向があるように感じます。それは集団レベルでは美しい調和を生み出していますよね。
ただ、私は個人の内側の調和にも関心があります。集団のために装うことと、個人が心から満たされることは、必ずしも同義ではありません。表には見えないところで、人々がどのように装いを通して自分自身をケアしているのか――その静かな工夫に、私は強い興味を抱いています。
Profile ドーン・カレン●ファッション心理学者。Fashion Psychology Field® および Fashion Psychology Institute® 創設者で、ニューヨークのファッション工科大学(FIT)名誉教授。コロンビア大学でメンタルヘルス・カウンセリングを学びながら、モデルやスローファッションのデザイナー、PRとしてファッションの現場も経験。心理学の学びを深める中で、ファッションとの関連性を突き詰めた、"ファッション・サイコロジスト"という独自のポジションを確立。これまでに多数のメディアに出演し、各国で講演を行う。著書に『Dress Your Best Life』がある。