#28 ささやかで強いイニシャル【スタジオ ウォーターフォール】

自分のイニシャルというものにずっと戸惑いがあった。在日コリアン三世として日本で生まれ育った私は、生まれながらに民族名(いわゆる本名)と日本名(通名)の二つを持っている。戸籍や住民票には本名が記載されており、公的手続きには前者が必要だが、日常生活では通名を使うことができる。つまり学校や会社で自分の本名が知られることはなく、「日本人」として過ごすことができるのだ。このような制度が存在する歴史的背景として、戦時中の創氏改名政策がある。日本の植民地支配下にあった朝鮮の人々の姓名を日本人風に変えさせ、同化させるというもので、現在の通名制度はその名残ともいえる。

私は物心ついたときから通名で呼ばれていたし、そう名乗っていた。先生や同級生からひどい差別を受けてきた両親は、自分の娘に同じ思いをさせたくなかったのだろう。だが幸いにも時代は変わっていた。友人や恋人は私のことを理解し受け入れてくれたし、それなりにいろんなことはあったけど平和な青春時代を送ることができた。高校を卒業し海外の大学に進学すると、本名がよりいっそう身近なものになった。自分が日本人でないことはわかっているつもりだったが、日本を離れると今まで以上にそのことを強く実感した。そしたら今度は20年以上も慣れ親しんだ通名を使うことに、後ろめたさのようなものを感じるようになった。冒頭で述べたイニシャルへの苦手意識が芽生えたのはちょうどこの頃だ。「名前なんて大したことじゃない」と親しい友人は励ましてくれたが、私にとっては高くて大きな壁だった。

海外生活を経て日本での就職という新たなスタートを迎えたとき、本名か通名かの選択で悩んだ。結局どちらが正解なのかわからなかったが、最終的に後者を選ぶことにした。自分が外国人であることを隠すためではなく、通名を名乗ってきたこれまでの自分を切り離したくなかったからだ。アイデンティティは自分自身の中に持つべきものであって、他人に示すためのものではない。四半世紀もの時間をかけてようやくたどり着いた自分なりの答えに、これまでにない清々しさを感じた。

本名も通名も自分自身を確立するために必要なものだと誇りを持てるようになってからは、自分のイニシャルを身につけたいと思えるようになった。そうなるとやっぱり長く使えるファインジュエリーが欲しい。そこで出合ったのが、キン・ツカヤマ氏が手掛けるNY発のブランド「スタジオ ウォーターフォール」のイニシャルネックレスだ。イエローゴールドのチャームは1センチ角ほどの華奢なデザイン。表面には枝のように繊細なテクスチャーが施されており、作り手のストイックなこだわりを感じる。大胆ではないが身につける人にはわかる、ささやかな強さに心を掴まれた。チャームとチェーンは別売りなので、私の場合はひとつのチェーンに二つのイニシャルを重ねて楽しみたい。

世の中は多様性の時代といわれて久しい。それは私のようなマイノリティの立場からすると喜ばしいことだが、一方で危険なことでもあると思う。まわりと違うことは決して恥ずべきことではないが、だからといってそのことがもてはやされるべきでもないからだ。マイノリティとひとくくりにいってもその中身はさまざまで、当事者にしか理解し得ない小さな苦しみを抱えて生きている。そしてその問題と真に向き合えるのは他人でも社会でもなく、自分自身なのだ。「多様性」という言葉に流されずに、ひとりひとりが立ち止まって自分の中に確かな答えを見つけることが重要だと思う。そうすれば自分自身の新たな魅力に気づき、今以上に輝けるかもしれない。ささやかだけど意思のある、この小さなイニシャルネックレスのように。

ペンダントトップ〈10KYG〉¥39,000、チェーン(40cm)〈10KYG〉¥48,000 ※オンラインストアにてオーダー販売
ペンダントトップ〈10KYG〉¥39,000、チェーン(40cm)〈10KYG〉¥48,000 ※オンラインストアにてオーダー販売

バーニーズ ニューヨーク カスタマーセンター
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illustration:Uca text:Eimi Hayashi

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