ハート形にくり抜かれた窓からのぞく雪景色。どこかで見覚えのある風景だと思ったら、京都・宇治田原町にある山寺、正寿院の客殿の窓だった。確か10年近く前、SNSで話題になる前だったかもしれない。神社仏閣好きの友人に「面白い寺院がある」と誘われ、京都市内から遠く離れた山中に車を走らせ、訪れた。
事前情報がほとんどないまま、まっさらな状態で初めて見たときのインパクトはすごかった。「なぜ古刹にハート?」と混乱したが、友人が得意げに「これはハートに見えるけれどハートじゃない」と教えてくれた。正式には「猪目(いのめ)」と呼ばれる日本の伝統的な文様で、災いを除け、福を招くとされている。西洋のハートも、日本古来の猪目も、それぞれまったく異なる文化、文脈から生まれたものだが、奇しくも同じ形で古くから存在していることを知り、その神秘的な偶然性に感動した。
友人と正寿院を訪れた日は、真冬のものすごく寒い日だった。「なんでわざわざこんな日に」と少なからず不満を抱いていたことが記憶の片隅に残っているのだが、猪目窓にのぞむ雪化粧をまとった庭園の佳景を前に、負の感情がぜんぶ吸い込まれ、浄化されていった。ハートのかたちに切り取られた、愛らしくも凛とした景色を眺めていると、凍てつくような寒さも、寺院までのアクセスの悪さも、すべて帳消しになった。

