呆然と立ちつくしているところに「Hey, What’s up?」と声をかけてきたルームメイトのノビナが、まな板を覗き込んで「Uh-oh」と悲しそうに呟いた。ザクロはこんな風に真っ二つに切るものではなく、中の実を傷つけないように表面に切り込みを入れてから、手でやさしく開くのだと彼女は教えてくれたが、その時はそんなことはどうでもよかった。一刻も早くこのグロテスクなつぶつぶをどうにかしたいという思いしかなく、結局そのザクロを食べたのかも、だとしたらそれがどんな味だったのかも、まったく記憶に残っていない。
「赤い実の一件」以来、ザクロは私の中でちょっとしたトラウマになっていた。東京に住み始めてから、なかなか予約の取れない恵比寿のバルに友人と初めて行った時、白身魚のカルパッチョにちりばめられた、それこそガーネットのように輝く甘酸っぱい実がザクロだと知ったときには驚いた。あんなに毒々しい果実が、こんなにも華やかな宝石のようになるなんて。人気店の腕前とザクロの美しさに、いたく感動したのだった。
ガーネットのジュエリーに興味を持ったのは、子どもを出産してから。長男が1月生まれなので、息子の誕生石であるガーネットのリングを数年ほど探し続けている。恵比寿の店のカルパッチョの上に飾られていたザクロのような深紅の色石が、手もとでドラマティックにきらめく様子を強くイメージしてきた。が、そういえばガーネットって赤一色じゃないんだっけ、とある時ふと気が付いて、いきなりたくさんの道が開かれたような気持ちになった。
赤以外もあるなら、私は迷わず緑を選ぶ。理由は単純で、デスクワーク中に視界に入るたびに癒されそうだから。気になっているのは、CHIKAKO YAJIMAの「Protrude」リング。英語で「飛び出す」という意味だが、まさに名前のとおり、石の半分が台座から飛び出すようにセットされている。ミニマルな台座は斜めに傾いており、そこから浮き出るように輝くグリーンガーネットは、K18ゴールドの華奢なアームの上でじつに危ういバランスを保っている。それは単に奇をてらっているのではなく、光が斜めに入ることで、色石がいっそう美しく見えるように計算されているのだ。
既成概念を壊すものづくりをポリシーに掲げる、デザイナーの矢島千佳子さんらしい、いい意味で“普通じゃない”意匠が面白い。人として何か突出したものを持ってほしいという我が子への願いを込めて、この反骨心すら感じられるリングを日々の装いに取り入れたい。透明度の高いフレッシュなグリーンは、ザクロとは正反対の色だ。昔に比べれば、つぶつぶ恐怖症も少しずつ克服できてきた。うん十年ぶりにまた、自分的「禁断の果実」にトライしてみたい。