このコラムが始まって、気がついたら3年も経っていた。連載第71回目。打ち切りにならなければ100回目もそう遠くないと思うと、我ながら感慨深い。どんなことでも、続けることに意義があると思っている。継続は力なり。先人たちがいうように、継続とは同じことの繰り返しではなく、必ず成長を伴うものだ。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」。スラダン世代の私は、安西先生からそう教わった。何度読み返しただろうか。あの漫画を読んで、何度涙を流したことか。 さて、涙の象徴といえば真珠である。その昔、愛する人を思って人魚が流した涙が、波にはじけて真珠になった。話の真偽などどうでもよくなるくらい、神秘的で美しい言い伝えだ。しずくのような光沢を湛えた真珠は、弔事では悲しみの涙を、慶事では喜びの涙を装いに添える。言葉で示さずとも、ひと粒ひと粒に深い思いを込めて。パールジュエリーとは、いってみれば最強のコミュニケーションツールだ。 一方、嬉し涙も悲し涙も我関せず、日常にクールに寄り添うパールジュエリーもある。クラシックの代名詞とされてきた従来のパールとは一線を画す、“モダンパール”と呼ばれるもの。近年はそこからさらに一歩進み、ジェンダーレスに楽しむジュエリーとしても注目されているようだ。個人的に強く惹かれるのは、ニュートラルでありながらもウィットに富んだデザイン。「かしこまったご挨拶も涙もいりません。わたしはただ、あなたのそばで話がしたいだけ」といわんばかりの親密で知的なカンバセーションピースに出合うと、思わずドキリとさせられる。それってどんなジュエリーなのか。例えば私にとっては、YUTAI(ユタイ)のピアスがそのひとつ。 「スライド」イヤリング〈YG、アコヤパール〉¥253,000 真っ二つに分割されたアコヤ真珠の間に18Kイエローゴールドのプレートを挟み、互いをずらすように配置した、「Slide(スライド)」という名のピアス。艶やかな純白の球体をあえて切断し、再構築する、自由で大胆な発想が純粋に好き。それもただ斬新なわけではなく、耳につけたときにどの角度から見ても美しい。職人の気概すら感じさせる精巧でストイックな作りだ。まろやかなアコヤ真珠とぬくもりのあるイエローゴールドが生み出すやわらかな陰影。キャッチ部分にもパールをあしらうことで、どちら側を前にしても装着できるさりげない機能性。なぜだろう。こんなにも語る要素がたくさんあるのに、佇まいは静謐で洗練されている。 デザイナーは、日本を代表するコンテンポラリージュエリーブランド、SHIHARA(シハラ)を手がける石原勇太さん。シハラでは引き算を、ユタイでは足し算を。ひとりのデザイナーが、まるで自身の中にある二面性を映し出すかのように、相反する美学をそれぞれに追求する。シハラとユタイ、ふたつのブランド名を合わせると石原さんのフルネームになるというアナグラムにも、スタイリッシュなユーモアを感じる。複雑なようで、じつはシンプル。ロジカルなようで、驚くほど感覚的。半分にカットされた真珠が連なる不思議な造形を見ていると、すべての境界が曖昧になってくるような気さえする。 DOVER STREET MARKET GINZAhttps://yutai.jewelry/03-6228-5080