手もとのマイ・ディア(Deer)・リング【ブシュロン】#113

シカをイエローゴールドで表現した、ブシュロンのリング「ナラ ラ ビッシュ」。ラ ビッシュ(La Biche)はフランス語で「雌鹿」、そしてナラ(Nara)は「奈良」である。春日大社の神の使いの子孫として、日本の天然記念物として、古くから大切に保護されてきた「奈良のシカ」は海を渡り、奇しくもパリの名門ジュエラーの手によってまばゆい宝石になった。

古くから大切に保護されてきた「奈良のシカ」は海を渡り、奇しくもパリの名門ジュエラーの手によってまばゆい宝石に!

くっきりとしたアーモンド型の瞳はブラックサファイア。まつげやツンと立った耳のきわ、鼻先に輝くのは39石のラウンドカットダイヤモンド。18Kゴールドの艶めくフェイスには、しなやかな毛並みまで緻密に表現されている。1866年からアニマルコレクションを作り続けているブシュロンならではの匠の技だ。

リアリティのある意匠からは、今にも息づかいが聞こえてきそう。精巧なだけではなく、見る人の心に強く訴えかけてくるものがある。指の上で目が合うたび、「キューン」というシカの鳴き声のような心の音が漏れ響いてくる。これをつけてデスクワークなどしようものなら、5分に一度は見惚れてしまって仕事にならないやも。シカだけに、その生き生きとした表情をシカトするのは至難の業である。

学生時代を京都で過ごした私にとって、少し足を延ばせば会いに行ける奈良のシカは身近な存在だった。だからブシュロンの「ナラ」を知ったときは、幼馴染がハリウッドデビューしたぐらいの驚きがあった。奈良公園という聖域を軽やかに飛び越えて、世界の「ナラ」になったのだ。

考えてみれば、人慣れした野生のシカが平然と道を歩いたり寝そべったりしている姿は、外国の人からすると特殊な光景なのだろう。「ナラ」を生み出したデザイナーも、かつて奈良を訪れて衝撃を受けたのかもしれない。

ナラ ラ ビッシュ リング〈YG, ダイヤモンド、ブラックサファイア、オニキス〉¥2,125,200(予定価格)
ナラ ラ ビッシュ リング〈YG、 ダイヤモンド、ブラックサファイア、オニキス〉¥2,125,200(予定価格)

ところで、奈良のシカといえば、奈良県には「せんとくん」という公式マスコットキャラクターがいる。シカの角が生えた童子という一度見たら忘れられない強烈なインパクトのある風貌に、デビュー当初は「怖い」「かわいくない」などと非難の声が寄せられた。ある団体は白紙撤回を求める署名運動まで行なったほどだった。だがその不気味さがかえって話題を呼び、多くの人が「せんとくん」を認知するようになると、今度は「よく見るとかわいいかも」という肯定的な反応に変わっていった。今ではすっかり公式キャラクターとして定着し、奈良県葛城市のキャラクターの「蓮花ちゃん」から思いを寄せられているという。

人間の感覚とは不思議なもので、最初は違和感を覚えるものでも、何度も見ているうちに次第に愛着が湧いてくるらしい。ジュエリーの域を超えた絶大な存在感を放つ「ナラ」を初めて見たとき、愛らしい中に斬新なユーモアも感じた。思うに、美しさと遊び心のバランスがきわめて秀逸なのだろう。時を経るごとに驚きが心地よさに変わり、愛情はいっそう深まってゆく。

命の重みすら感じさせる「ナラ」のリングを添えるとき、その力強い眼差しは私たちに何を語りかけてくるのだろう。手もとのマイ・ディア(Deer)・リングに、あるときは救われたり、またあるときは励まされたり。愛でる以上の存在として、持ち主との絆が育まれていくにちがいない。

ブシュロン クライアントサービス
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連載「寝ても覚めてもきらめきたいの」:SPURエディターがパーソナルな感情とともに綴るジュエリーエッセイを堪能して。