愛する人をしのぶ石【ガブリエラキス】のリング #119

乳白色の石の中に描かれた、シダ植物のような模様に目を奪われた。しかも人工的に作られたものではなく、自然現象によって生み出されたものだと知り、さらに衝撃を受けた。それは「デンドライト」と呼ばれる樹枝状の結晶で、石の細かな亀裂の中にマンガンや鉄などの粒子が入り込んでできたものだという。まさに、自然界が生み出したアートピース。長い時間をかけて地球の奥深くで生まれた石の中に、永遠に枯れることのない植物が閉じ込められている。

植物のような模様を作り出す奇跡の石、デンドライト

ニューヨークを拠点に活動するジュエリーデザイナーのガブリエラ・キスが手がけるリング

リングを手がけたのは、ニューヨークを拠点に活動するジュエリーデザイナーのガブリエラ・キス。石の表情を最大限に引き出すために、石枠を薄くミニマルに仕上げるのが彼女のデザインの特徴だ。削ぎ落とされた18Kイエローゴールドのフレームが、ひとつとして同じ模様のないデンドライトの美しさを際立たせている。白く靄がかった幻想的な光景は、さながら水墨画のよう。未知なる静寂の世界が広がっている。

デンドライトの和名は「しのぶ石」という。シダ植物のしのぶ草に模様が似ていることにちなんで名付けられたそうだ。

しのぶ草といえば、20代の頃に住んでいたアパートを思い出す。1階に大家さんが暮らしていて、軒先にはいつも釣りしのぶが吊るされていた。とても親切な大家さんで、ひとり暮らしの私を気遣い、時々晩ごはんに呼んでくれた。大家さんの部屋には、船上で撮られた男性とのツーショット写真が飾られていて、私がそのアパートに引っ越してくる直前に最愛の夫を亡くされたと知った。心筋梗塞で、あまりに突然の別れだったという。写真は1年前にクルーズ船で世界一周旅行をしたときのものだと教えてくれた。「私たち再婚でね、とても仲よしだったの。おかず、もうふたり分もいらないのに癖が抜けなくて。いつも作りすぎちゃうのよ」。そう話してくれた大家さんの寂しそうな笑顔が切なくて、私は食卓に並んだたくさんの料理を残さず全部食べた。かけがえのない人をしのぶ大家さんの優しい視線の先で、軒先の釣りしのぶが涼しげに揺れていた。

永遠に枯れない愛を閉じ込めて

リング 〈K18YG、K14YG、デンドライト〉各¥176,000
リング 〈K18YG、K14YG、デンドライト〉各¥176,000

愛する人に先立たれたとき、残された人はどうなるのか。悲しみとどう向き合っていけばいいのか。人の感情は、決して一直線に進んでいくものではない。長い時間をかけて石の中に刻まれたしのぶ草のように、複雑に広がり、生い茂り、そして繊細に揺らいでいく。

大家さんは、釣りしのぶ以外にもたくさんの植物を育てていた。緑で囲まれたアパートのエントランスは、花が大好きだった祖母の家の庭のようで、どこか懐かしくもあり、とても居心地がよかった。デンドライトのリングは、植物を愛する大家さんにきっとよく似合うと思う。まろやかな乳白色の石の中で、永遠に枯れることのないしのぶ草。石言葉は、「愛」と「未来」。大切な人との思い出をなぞるように、忘れられない記憶をそっと映し出してほしい。追憶の向こう側に、未来への道筋が示されると信じたい。

ガブリエラキス|リング


YAECA(ガブリエラキス)
https://yaecaya.yaeca.com/

連載「寝ても覚めてもきらめきたいの」:SPURエディターがパーソナルな感情とともに綴るジュエリーエッセイを堪能して。