光を照らす海星。【フランチェスカ・ヴィラ】のリング #132

イタリアを拠点に活動するジュエリーデザイナーのフランチェスカ・ヴィラ。彼女が大切にしているのは、物語を紡ぐファインジュエリーをつくること。世界中で出合った美しい素材を起点に、自由な発想に身を委ね、熟練の彫刻師とともに唯一無二のコレクションを生み出し続けている。

カボションカットのロッククリスタルにエナメルで描かれたのは、海に浮かぶコーヒーカップ。なぜ?と思うシチュエーションだが、このドローイングを見たとき、これほど自分にぴったりなリングはないかもしれないと思った。ふと頭に浮かんだ物語はこうだ。

フランチェスカ・ヴィラのリング。カボションカットのロッククリスタルにエナメルで描かれたのは、海に浮かぶコーヒーカップ。遊び心の効いたハイジュエリー

――そこは、原稿という名の大海原。次々と押し寄せる“締め切り”の波をかき分けるように、1艘のカップの舟が進む。いつ転覆してもおかしくない、じつに不安定な小舟である。沈没させないように必死でオールを漕ぐ私は、毎日その舟の上で大好きな浅煎りのコーヒーを飲み、なんとか心を落ち着かせている。

しかし、どんなに計画を練っているつもりでも、予期せぬ事態は必ず起きる。子どもが熱を出したり、持病の鼻炎の症状が強く現れたり、給湯器が壊れてしまったり。それらは何の前触れもなくやってきて、そのたびに私はオールを握れなくなる。そんなときに限って風は強く、波はいっそう高くなり、「なぜ今なのか」と天を仰ぐ。「どうして自分だけなのか」と不運に打ちのめされる。それでもどうにか荒波を乗り越え、航海を続けてゆくしかない。生きるということは、ときに残酷だ。

ある日、カップの舟は最良のパートナーを得た。それは、まるでクッキーのように見える海星(ヒトデ)だった。鮮やかな紅色の海星は、がむしゃらに舟を漕ぐ私にこう言った。「あなたはいつも、なりゆきまかせ。そういうところは私と正反対。本当に腹立たしいったらない。でも、あなたは私を、想像もつかないような場所へ連れていってくれる。見たこともない美しい景色を見せてくれる。だから私は、あなたに付いてゆくと決めました。このソーサーも、不安定ではあるけれど、乗り心地は悪くない。これからは、私があなたの羅針盤になって差し上げましょう」。こうして、カップと海星の新しい旅が始まった――

フランチェスカ・ヴィラのカップリング。〈K18YG、サファイア、ロッククリスタル カボション、ターコイズプレート、ダイヤモンド〉¥1,192,510

カップリング〈K18YG、サファイア、ロッククリスタル カボション、ターコイズプレート、ダイヤモンド〉¥1,192,510

人生は、いわば航海のようなものだとよく言われるが、本当にそうだと思う。人は自分の思うようには生きられない。この世界は、あまりにも理不尽で不公平で、それでいて、こんなにも美しくて尊い。小さなカボションの中につくり上げられた幻想的な世界が、そう楽しげに語りかけている。周りを縁取るダイヤモンドとサファイアの輝きが、そう朗らかに祝福している。

心が折れそうになったとき、うっかり沈みそうになったとき、手もとのカップリングを見つめるたびに、未知なる冒険に誘われる。大海原のその先に何が待っているかはわからないけれど、すべてはきっと自分次第。心にそっと張り付いた海星が、進むべき道を照らしてくれる。


シハラ ラボ(フランチェスカ・ヴィラ)
https://shiharalab.com/
03-3486-1922

連載「寝ても覚めてもきらめきたいの」:SPURエディターがパーソナルな感情とともに綴るジュエリーエッセイを堪能して。

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