TIFFANY & CO.
終わりなき愛の物語

17歳。ママは私にティファニーのネックレスをくれた。古びたアパートメントの押し入れの奥から突然現れたティファニー ブルーのちいさな箱に、私は目を輝かせた。これは両親がまだ夫婦として愛し合っていた頃、パパがママにプレゼントしたものだという。「失くさないでね」と言うママの言葉を曖昧に聞き流し、私ははじめて手に入れた高級ブランドのネックレスを見せびらかしたくて、ところかまわず、どこにでもつけて歩いた。結果は想像の通り。ある日アルバイトから帰ってきた私の胸から、ネックレスは消えていた。真っ青になってあちこち探し回ったが、結局どこを探しても見つからなかった。ママは私の報告を静かに聞いたあと、静かにひとこと「大切なものだったんだよ」と言った。ママの泣きそうな声をはじめて聞いた。私は申し訳なさと悔しさでママの顔を見ることができないまま、じっとうつむいて自分の手の甲をひっかいた。そんなに大切なものだったなら、ずっと押し入れにしまっておけばよかったのに。私なんかに渡さなければよかったのに。私は自分が悪いとわかっていながら、してしまったことの重さを受け止められずに心の中で悪態をついた。

人が誰かに贈るジュエリーにはいつだって特別な意味がある。おめでとう、がんばって、好きだよ、愛してる。深い意味なんかなくたって、美しいものをふと見つけたとき「あの人にきっと似合う」と、誰かの顔を思い浮かべただけで、それはすでに愛なのだと思う。私にそれを受け止める力はあるのだろうか。あの日から、私は人になにか貰うことが怖くなってしまっていた。軽い気持ちで受け取ってしまったとして、また大切にできなかったら？　思いを込めて贈ってくれた人がいつか私のもとを去ったとして、まだかすかに温もりのあるその場所に置いていかれた私は、いったいどうしたらいいのだろう？　いつか失ってしまうものならば、最初から受け取らなければいい。いらない。欲しくない。すっかり臆病になった私はそんなふうに思っていた。

出会って1年がたった頃のクリスマス。彼は私にちいさなゴールドのピアスをくれた。黒いベルベットのケースの中に並んでいた、しずくのようなそれを見たとき、あの日失くしたハートのネックレスのことを思い出した。私は「ありがとう」と言いながら、もうすでにそれがなくなってしまったときのことを考えていて、きっとうまく笑顔をつくれていなかったと思う。あのときのように下を向いて「私、失くしちゃうよ」と言うと、彼は静かな声で「いいよ」と言った。いいわけがないのに、と思いながらも、受け取る私のこわばりをほどいてくれるような言葉がうれしかった。私はやはり、それを毎日のように身につけて出かけた。階段を上るたび、速足で街を歩くたびに耳をさわって存在を確かめる。眠る前にはピアスを丁寧に布で拭って、大切にケースにしまった。あのクリスマスから2年がたった今でも、ピアスは美しいままここにある。ピアスをこんなに長く失くさずにいられたのははじめてかもしれない。ピアスがこの人だと言っているような気がして、私は彼と暮らすことを決めた。

ママはどうして私にネックレスをくれたのだろう。私がちいさい頃に包まれていた家族の形はいつのまにか変わっていて、ママはきっと、もうパパのことを愛していないのだと思っていた。10年前に喧嘩をして以来顔を合わせていない私のことも、パパはきっと憎んでると思っていた。でも、もしかしたらそうじゃないのかもしれない。パパは今でもときどき、ママに手料理を渡しにやってくる。パパの作ったスパイスのきいたシチューが私は大好きだ。パパのいないテーブルで、私たちはシチューを食べる。少し塩辛い味つけの中に、たしかに不器用な愛情がある。ママは知ってほしかったのかもしれない。パパがママを愛していたこと。その証拠に今私がここに生きていて、愛の証しに贈られたそのネックレスが身につけられるほど大人になりつつあることの喜びを、ママは私に伝えたかったのかもしれない。

人はパッケージされた人形ではない。幼いままで留まっていることはできないし、若く美しいまま生きていくこともできない。考え方も身体も長い時間の中で変わっていく。そして愛もまた、それに沿うように変わっていくのだ。誰もが最初は永遠を願う。それが続いても、たとえ続かなかったとしても、愛は変化し、変温し、ずっと私たちのそばにある。私はこれからたくさんの愛を受け取っていきたいと思う。そして私も愛を贈りたい。私があなたに愛をあげたことを、私自身が忘れてしまったとしても、あなたが私にくれた愛のことを忘れてしまったとしても、そして互いに思い出せなくなってしまっても、その日たしかに生まれた愛はきっとどこかの宙をめぐって、いつか私たちのもとへ帰ってくるだろう。失くしてなんかいない。遠い昔からずっとここに。もう、なにも怖いことはない。