歴史あるハイジュエラーに新風を吹き込んだクレール・ショワンヌ。クリエーションに制限はなくどこまでも自由だ。宇宙から庭の草花まで着想源にしてしまう感性はどこから生まれるのだろう?
※この特集中、以下の表記は略号になります。YG(イエローゴールド)、WG(ホワイトゴールド)、PG(ピンクゴールド)
Claire Choisne
フランス出身。経済学を学んだ後、エコール・ドゥ・ラ・リュ・デュ・ルーブルに入学しジュエリーについて学ぶ。1998年にロワゾー・ケバジャンでキャリアをスタートさせ、翌年に自身のブランドをスタート。2001年にはロレンツ・バウマーのクリエイティブ・スタジオマネージャーに。2011年9月、ブシュロンのクリエイティブディレクターに就任。
クレール・ショワンヌの作品を解き明かす4つのキーピース
Galet Diamant 小石や藤、隕石までジュエリーに
2022年の新作ハイジュエリーコレクション「アイユール(ここではない何処か)」。コロナ禍で移動する自由を奪われたことを機に、クレールは空想上の旅へ。砂漠、海、山、熱帯雨林などの自然からアイデアを得た作品は素材選びも唯一無二。たとえば写真の「ペブル ウーマン」と題されたイヤリングやリングは小石(ペブル)を裏側から半透明になるまで削って軽量化し、ラウンドブリリアントカットのダイヤモンドをセット。自然環境によって形作られた小石のように丸みのあるフォルムとダイヤモンドとを融合させるという自由な発想に驚かされる。
Goutte de Ciel 首もとを飾るのは「空のかけら」
2020年に話題となったコレクションは「コンテンプレーション(黙想)」のうちのひとつ「グット ドゥ シエル(空のかけら)」。ハイジュエリー界の常識を覆す革新的な素材を採用している。「手で触れられないものを形にし、空のかけらを首もとに飾りたい」というコンセプトのもと、探し出したのはNASAが宇宙空間でスターダストを集めるためのパネルに使用している特殊なエアロゲル。99.8%が空気で残りはシリカでできており、光に応じて色調が変化。これをクリスタルの中に閉じ込め、ペンダントトップとして発表した。
Avant le Frisson 風に揺れる綿毛の微細な動きを表現
2020年の「コンテンプレーション(黙想)」コレクションでは、「アヴァン ル フリソン」という繊細で温かみのあるハイジュエリーも誕生した。タンポポの綿毛の軽やかさを表現するために、髪の毛ほどの細さに加工したチタンを使い、ゆらぎを生む仕掛けを施した。チタンの線の先にダイヤモンドをセットし、タンポポの綿毛のように立体的に組み立てると、微細な動きに合わせて揺れる球体が出来上がる。この作品は子どもの頃の思い出の情景から生まれたもの。クレールが、最も影響を受けるという自然のありのままの美しさを閉じ込めた作品だ。
Jack de Boucheron Ultime 「産業廃棄物」をプレシャスに
今年の9月に発表されたカプセルコレクション「ジャック ドゥ ブシュロン ウルティム」はクレールのエシカルでエコロジカルな哲学が反映されたもの。産業廃棄物からのリサイクル素材"COFALIT®(コファリット)"を従来のモデルに組み込んでいる。「私はこの作品を通して、貴重なものは何かということを再定義したかった。決して人類を責めたいわけではなく、自然の美しさに目を向けてもらいたい。私も自身にできることから取り組んでいきたい」とクレールは語る。地中に埋められることが多い廃棄物を特殊技術を用いてジュエリーに昇華させ、その価値を問う。
クレール・ショワンヌが語る、 クリエーションへの情熱とこだわり
ブシュロンのクリエイティブディレクターに就任して以来、ハイジュエリーの枠を押し広げる数々の作品を発表。世界はクレール・ショワンヌの生み出すジュエリーに魅了されている。創造力の源はどこにあるのか? ジャーナリストの本間恵子さんが話を聞いた。
本間(以下H) 作品で見られる、これまでジュエリーに使われることのなかった素材やハイテク技法は、どういった観点で取り入れているのでしょうか?
ショワンヌ(以下S) まず、斬新であることがゴールではありません。それよりもジュエリーを見た人に感動と詩的な情緒を呼び起こし、「真のプレシャスとは何か」という疑問を投げかけたいのです。私はハイジュエリーを、ひとりの人とひとつの作品が出逢うラブストーリーのようなものだと考えています。メッセージを理解したとき、人は作品と恋に落ちてしまうものなんです。
H 素敵ですね。では、あなたの作品の着想源はどこから来ているのでしょうか?
S 毎年新たなハイジュエリーコレクションをデザインする前には、チームのメンバーとともに「インスピレーションの旅」に出かけています。テーマを決めたら、可能な限り自由であること、そして想像力豊かに、夢を思い描くということを大切にしています。インスピレーションは、どこからでも湧いてくるものです。私の場合、旅行や、映画、写真など、視覚的なものから刺激を受けます。大切なのは、こうした感覚をキャッチするために、常に世界に目を向けておくことですね。
H これまでにあなたが手がけた作品で印象的だったものはありますか?
(左)2021年のハイジュエリー「ホログラフィック」から「クロマティック」のブローチを。セラミックの花びら部分にメタルの微粒子を高温でスプレー
(右)「ピヴォワンヌ コーラル チャーム」の中央にはインペリアルトパーズが輝く。生の花びらを化学物質や染料などを使用せずに特別な加工を施して安定させ、チタンにセットしている
S 2018年に発表した「ナチュール トリオンファント」です。本物の花びらを使い、特殊コーティングでその美しさを閉じこめた作品で、自然の持つ美と生命に永遠の命を与えるという夢をかなえたかったのです。なかでも「フルール エターナル」リング(写真右)は、3年近くの歳月を費やしました。花びらを安定化するために10年以上研究を重ねた専門家も関わっており、生の花びらをスキャンする手法を用いてリングを作り上げました。2021年の「ホログラフィック(光と色)」(写真左)も印象深いです。自然現象……たとえば虹が現れたときの予期せぬ瞬間、無邪気な感動や記憶に満ちた幸福感を表現したかったのです。私たちは、あらゆる色を作品に反映させる方法を考え、カラーストーンを使うような伝統的な技法を使用せずに全く新しいアプローチで実現させました。ホログラフィック効果をもたらす石であるオパールを採用したり、新たに開発した特殊なコーティングを施したのです。このコレクションのすべての作品は白色光を回折させるプリズムを描くよう設計されています。明るさや角度によってその色を変化させるジュエリーは、絶えず進化を続けます。完成形が定まっていない、まだ未知の部分を探す余地があるなんて魅惑的ですよね。
パリ、ヴァンドーム広場に位置するブシュロンのブティック。クレールはオファーがあったその日のことをよく記憶している。「2011年9月5日の入社初日を、今でも完璧に覚えています。ワクワクする気持ちの一方、これから時間をかけみんなで一緒に何かを作りあげなければならないという、灰色の雲がかかる空を見上げるようなプレッシャーも。それと同時に、まるでお菓子屋さんに入った子どものように浮き立った心持ちでいました」
H ブシュロンはヴァンドーム広場に位置するハイジュエラーのなかで、唯一CEOも女性ですね。あなたの自由なクリエーションと関係はあるのでしょうか?
S CEOのエレーヌ・プリ=デュケンと一緒に仕事をする機会を持て、光栄に思っています。彼女は失敗を恐れずに私に創作の自由を与えてくれるからです。われわれはプレシャス(貴重であること)の意味を問い続け、ゴールドやダイヤモンドに制限しない美しく価値あるジュエリーについて話し合います。ブシュロンはグループ全体で女性の比率が高く、仕事をする上でバランスのよい環境です。
H 以前のインタビューでは、ご自身でアリゾナの宝石見本市「Tucson Gem Show」に足を運ばれたこともあると語っていらっしゃいました。一番好きな宝石は何ですか? また、ストーンパワーを信じていますか?
S 2020年2月にエレーヌと訪れました。お気に入りのストーンからではなく、作品のイメージを想像するところから入り、それを表現することのできるストーンを選ぶということを重視しています。もし、私が好きな素材をひとつ選ぶとしたら、ロッククリスタルとダイヤモンドの組み合わせですね。純粋でモダンなところがとても美しい。透明感と視覚的な軽さがあり、あらゆる可能性をもたらします。
H ご自身もファッションがお好きですよね。ファッションとハイジュエリーに接点があるとお考えですか?
S もちろんです。洋服と同じようにハイジュエリーも持ち主の人柄や個性を表現するものですから。ジュエリーが購入されたあとに、一度しか身につけられず、金庫にしまっておかれるというのは悲しいこと。数年前から、スケッチを作成するだけでなく、女性や男性のビジュアルにスケッチを重ねて、どう着用されるのかを具体的にイメージするようにしています。理想的なジュエリーとは、身につけている人を際立たせながら、自然にスタイルに溶け込むようなものだと思っています。
本店が位置するヴァンドーム広場を俯瞰で見た八角形をブラックラッカーで縁取った。リュクスなエメラルドカットのダイヤモンドの周りやリングのサイドにもダイヤモンドを敷き詰め、いっそう華やいだ雰囲気に。
8石のダイヤモンドをパヴェ状に配したセルパンボエムのモチーフとツイストチェーンをくるりと巻いたモチーフ。ふたつの異なるイヤリングは片耳にレイヤードしても、両耳にアシンメトリーにつけても遊び心のあるスタイルが完成。
オーディオジャックから着想を得た自由で遊び心のあるコレクション。長さの異なるブレスレットはつなげてロングネックレスとしても。どんなワードローブとも好相性なルックスはさすが。
アイコンコレクションのキャトル。チェーンの長さが調節できるデザインのタイネックレスはコーディネートのアクセントに。爽やかなブルーはクレールのアイデアで仲間入り。