映像業界の新たな仕事。【インティマシー・コーディネーター】の浅田智穂さんにインタビュー

「2022ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされたことをきっかけに、耳にする機会が増えた“インティマシー・コーディネーター”という職業。現在、日本には2人しかいないうちの1人であり、ドラマ「大奥」など多くの人気作品に関わる浅田智穂さんに、仕事内容や現在のエンターテインメント業界を取り巻く環境についてじっくり話を聞いた。あなたも一度は浅田さんが携わった作品を観たことがあるかも?

インティマシー・コーディネーターとは?

映画、ドラマ、舞台の制作において、キスシーンやベッドシーンなどの性的な描写が含まれるシーンに参加する俳優から撮影内容の同意を得て、安心安全な撮影をサポートする専門スタッフ。2017年、HBO社のドラマシリーズ「The Deuce」で初めてアメリカで導入され、以降#MeToo運動をきっかけに広がることとなった。

今回取材したのは、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さん

インティマシー・コーディネーターの浅田智穂さん

1998年、ノースカロライナ州立芸術大学卒業。帰国後、東京ディズニーシー建設、オープン準備時の通訳、2002年FIFA日韓W杯における大手広告会社内の社内通訳に従事。2003年に東京国際映画祭に審査員付き通訳として参加したことをきっかけに、映画や舞台など日本のエンターテインメント業界に関わるように。2020年、アメリカのIntimacy Professionals Association(IPA)にてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了し、IPA公認のもと活動を開始。Netflix映画『彼女』において、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。以降複数のプロジェクトに携わっている。

コロナ禍初期、一本の電話が始まりだった

Netflix『彼女』で、日本初のインティマシー・コーディネーターとして制作に参加

浅田さんがインティマシー・コーディネーターという職業と出会ったのは2020年の春頃。新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた時だった。当時、通訳として活躍していた浅田さんも、決まっていた仕事のキャンセルが相次いだ。

そんな中入った一本の電話がきっかけだった。「Netflixに勤めている知人から『インティマシー・コーディネーターって知ってる?』と突然連絡をもらったんです。水原希子さんと、さとうほなみさんがダブル主演する『彼女』という作品を作るに当たり、そのポジションを担う人を探されていました。その時は、『そういえば何かで読んだことがあったかも』という程度で、私もこの仕事について詳しくは知りませんでした(笑)」と振り返る。

当時はインティマシー・コーディネーターという概念自体が国内では知られておらず、もちろん浅田さんにとっても未知のフィールドへの挑戦。仕事の内容を知った瞬間、「日本ではよほど必要性を理解されない限り邪魔者扱いされてしまう。現場で煙たがられるのでは」と身構えたというが、この仕事の重要性を感じ、持ち前の好奇心の強さに後押しされ、興奮した。「小学生の時に観た映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の影響でアメリカの学生生活に憧れ、高校時代には単身でアメリカに留学。興味を持ったら絶対にそれを叶えたいと思ってしまうタイプなんですよね」

東京ディズニーシー建設や東京国際映画祭の現場でも活躍

「大学では舞台美術を勉強し、帰国後は日本で照明の仕事に就きました。その後、英語ができて制作現場への理解があるということで通訳の仕事を始めました。その時はまだ経験が浅かったので、いただけるお仕事も限られていたのですが、東京ディズニーシーの建設・オープン準備のタイミングで通訳として採用していただき、その後は日韓ワールドカップにおける大手広告会社の社内通訳を任せていただきました。

ただ、もともと通訳の仕事がやりたかったわけではなく、エンターテインメント業界に従事したいという想いが強かったんです。東京国際映画祭での仕事をきっかけに映画業界に携わるようになりました。監督とキャストの間に入ったり、舞台の仕事では演出家や振付師の情緒的な言葉を翻訳することも多かったので、インティマシー・コーディネーターのお声がけをいただいた時もそこで培ったコミュニケーション能力も考慮されていたと後から聞きしました。本当にご縁ですね」

作品に参加する上で掲げる、3つのルール

長澤まさみ主演 ドラマ「エルピス—希望、あるいは災い—」(カンテレ・フジテレビ系)

浅田さんは、2022年10月から放送されたドラマ「エルピス—希望、あるいは災い—」(カンテレ・フジテレビ系)の撮影にも参加した。作中のインティマシー・シーンでの演技については、監督が希望するインティマシーシーンの描写に関して、監督やプロデューサーを介さず、俳優と一対一で対話を重ね、本人から“同意”が得られた内容のみを撮影する。

画像:(C)カンテレ

インティマシー・コーディネーターへの第一歩は、IPAなどの専門機関でトレーニングプログラムを履修すること。ジェンダー、セクシャリティ、ハラスメントの概念、トラウマとその予防法、監督と俳優とのコミュニケーションの取り方といった座学に始まり、ワークショップを通して撮影時の俳優の負担を減らすための道具の使い方や撮影時の振る舞い方を教わる。その結果、正式に資格を得るのだが、学ぶ過程で浅田さんが最も印象に残っているのは“同意を得ること”の必要性だったという。

「日本と違ってアメリカにははっきりとイエス・ノーを伝える国民性や文化があります。安心安全な撮影を行う上ではそれがとても大切なのだと感じました。そこで、私が参加する際には、3つのルールを守っていただくことを条件としています。

1つ目が、インティマシーシーンにおいては、事前に俳優に内容を説明して同意を得た演技しかさせないこと。日本では空気を読む人が多く、はっきりとイエス・ノーが言いにくい曖昧な雰囲気に違和感を持つ方が少ないと感じているのですが、強制や強要は絶対にあってはなりません。撮影中にアドレナリンが出て盛り上がり過ぎてしまった演者自身が後々後悔してしまう可能性も考えられます。また、『仲の良い俳優が嫌な思いをしている瞬間を目の当たりにしながら、止められなかったことが悔しくて堪らなかった』とスタッフの方に打ち明けられたことも……。現場の流れを大切にすることがより良い描写に繋がるのは理解できる反面、それに流されないようにすることもすごく大事です。

2つ目は、いかなる場合でも前貼り(編集部注: 局部を覆い隠すもののこと)を着用すること。3つ目は、インティマシー・シーンはスタッフとモニターを必要最小限に減らした"クローズドセット"という体制で撮影すること。私はあくまでも監督が見せたい描写を最大限サポートするひとりのスタッフで、撮影を止める権限はありません。だから事前にルールを設けることが欠かせません」

台本の「愛し合う2人」は、いったい何をしている!?

ドラマ「大奥」の台本

取材を行った2月時点で、浅田さんが撮影に参加していた作品がドラマ「大奥」(NHK)。大切な仕事道具である、台本を特別に公開。台本に記された内容だけで進めるのではなく、監督が何を求めているかを咀嚼し、表現方法を一から詰めていく。

  

それら3つの合意を得て正式に作品への参加が決まると、浅田さんはまず、インティマシー・シーンだと感じる箇所を脚本から抜粋。その後、監督への具体的な描写のヒアリングに移る。「日本の台本のト書きって本当にシンプルで、例えば『愛し合う2人』としか書いていなかったり……。もちろん脚本家の方にもよるのですが、アメリカの作品ではみんなが共通認識を持てる程度にはもっと細かく書いてあることが多いです。

セックスをするシーンだったとしたら、部屋の電気はついているのか、布団に入っているのか、服はどの程度脱いでいるのか、体位はどういった状態なのか。それらが明確になっていないと、当日になって俳優が『こんな撮影だったの?』となってしまう可能性がありますよね。監督が何を求めているかを理解して、俳優と一対一で『これはOK、これはNG、こういう表現だったらできる』などと話し、両者が納得できるまですり合わせてから撮影を迎えます」

前例がない中でつくり上げる、浅田さんなりの職業観

ドラマ10「大奥」 NHK総合

ドラマ「大奥」が描く江戸時代は、当然、今とは生活様式が異なるため、リアリティを損なわないよう、時代考証家に意見を仰ぎながら撮影を行う。浅田さんは「でも、愛し求め合う行為そのものは不変的だと感じる」とも。

ドラマ10「大奥」(NHK総合 火曜よる10時)画像提供:NHK

確実にインティマシー・シーンだと考えられるのは、ヌードやオーラルセックス、マスターベーションを含む擬似性行為の描写だ。しかし、どこからがインティマシー・シーンに該当するか明確な線引きがないのが日本の現状。しかし、浅田さんはそんな環境も前向きに捉えている。

「ルールがないことは逆にいいことだと思っています。やはり最初は撮影現場の人も、私をどう使っていいか分からないんですよね。だから私は少しでも気になる場面があれば臨機応変に全員の意見を聞くようにしています。コミュニケーションを重ねることで、私が監督の望む描写を止めようとしているわけではなく、俳優に不安やプレッシャーを感じさせずに最高のお芝居をしてもらうために存在していることを、徐々に理解してもらえるようになりました。結局はみんなが同じ価値観を持ってストレス無く撮影に望むことが、より良い作品に繋がるので。

そういう意味で、Netflixシリーズ『金魚妻』は演出陣にもプロデューサーにも女性がいたということもあり、スムーズに撮影できました。カンテレ・フジテレビ系のドラマ『エルピス—希望、あるいは災い—』の撮影も印象に残っています。あとは、現在放送中のNHKのドラマ『大奥』も」。公共放送事業体であるNHKがインティマシー・コーディネーターを導入したことは、とても大きな変化だと感じているそうだ。

携わる人数を増やすべく、画策中!

「(この仕事を始めてから)もう2年半、まだ2年半」と言いながら、多忙な日々を送っている浅田さん。撮影現場の変化にポジティブな感触を得ているそうだが、最後にこれからの展望を聞いてみた。「私が知っている限り、日本には現在インティマシー・コーディネーターは2人しかいないのですが、ありがたいことに多くの方から『どうすればなれますか?』とお問合せをもらいます。

でも、今は英語でしかトレーニングを受けられないため、日本語でも勉強できるよう動き出したところ。認知度が上がったとはいえ、制作される作品数に比べて人員が圧倒的に足りていないのが実情です。携わる人数が増えないことには、このインティマシー・コーディネーターが制作に参加することを、スタンダードにはできないのかなって思っていて。こうやって取材を受ける機会は嬉しくもありつつ、いつかはメディアで取り上げられないくらい、当たり前にいるスタッフとして認識されることが目標ですね」

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