おやつをめぐる記憶にまつわる、エッセイ連載
お菓子は甘い総合芸術。味に意匠に文化に歴史。だからこそ、たったの一口で時空を巻き戻すことすらできるのだ。昔の味も未来の味も、自由自在の時間旅行記。
子どもの頃、大河ドラマを両親と見ていたら母が突然「あ、セイジョウカンキダンだ」と言った。画面の向こうではちょんまげのおじさんが神妙な面持ちでミニチュアの壺(に見えた)を食べていた。「なんだそれ」「ものすごい古いお菓子だよ。でも今でも買える」。現役のお菓子がそのまま大河ドラマに出演できるなんて、その時代の越境力に驚いた。こいつは只者ではない、と子どもながらに思った。お菓子に対して畏敬の念を抱いたのは初めてだったかもしれない。後日デパートで買ってもらった漆黒の箱には金文字で「清浄歓喜団」の厳しいロゴが刷られており(そもそも名前が強そうすぎる!)、震える思いで箱を開けば、はるか昔に出土した土器のような茶色い菓子がコロンと現れ、それが手のひらにあることに時空のゆがむ思いがした。思い切って嚙みつけば、硬く揚がった外生地の向こうから、グワンとお香の匂いに襲われた。一瞬で口の中がお寺になった。チーン。ポクポクポク。
清浄歓喜団は奈良時代に中国から伝わった唐菓子“団喜”の味わいを今に伝える貴重なお菓子だ。和菓子の原型ともいわれ、京都で400年続く老舗中の老舗・亀屋清永が唯一作り続け、千年の味を守っている。遣唐使によって仏教とともに奇妙な揚げ菓子が持ち込まれる前までは、木の実や果実をおかし(果子)として食べていた日本人。唐菓子の襲来は日本の菓子史を語る上でもエポックメイキングな事件であり、清浄歓喜団はもはや食べる文化遺産なのだろう。こし餡に練り込まれた白檀や竜脳などの7色の鮮烈な香りは、今をくらますタイムスリップフレーバー。その時、歴史は、動いたのだ……! 癒やしでも甘さだけでもないお菓子の別の横顔は、ノスタルジックをとうに振り切って、劇的にドラマティックな味がする。
亀屋清永
●京都市東山区祇園石段下南(本店)
☎075−561−2181(代表)
営業時間 8時30分〜17時
㊡水曜(ほか不定休あり)
1617年創業の京菓子の老舗。「清浄歓喜団」( 1 個¥500)のほか季節の和菓子なども揃う。
PROFILE
ひらの さきこ●1991年生まれのフードエッセイスト。雑誌連載のほか、お菓子やイベントのプロデュースも手がける。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。日頃の食生活はInstagram:@sakikohirano にて。
SOURCE:SPUR 2018年9月号「スイーツタイムトラベル」
photography:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson