【平野紗季子のスイーツタイムトラベル 第4回】2017年の羊羹

おやつをめぐる記憶にまつわる、エッセイ連載

お菓子は甘い総合芸術。味に意匠に文化に歴史。だからこそ、たったの一口で時空を巻き戻すことすらできるのだ。昔の味も未来の味も、自由自在の時間旅行記。

 一寸先は闇。ではないけれど、仕事をしているといきなりハードモードに突入することもあって、そんなときは3秒以内に甘いものを口に放り込むようにしています。防衛本能とでも言うんでしょうか。この殺伐社会でうっかり心がおしまいになることのないよう、私は常にこまごまとしたお菓子をポケットやカバンに忍ばせています。ただしその習慣のせいでカバンの奥底でどれだけのクッキーを粉々にしたことか。いくつもの失敗を越えていつしか主力メンバーがとらやの小形羊羹になっていったのは自然な流れでした。あるときポケットに直接入れていた柏餅を何の気なしに食べ出したら、同僚にドン引きされたこともありました。TPOは大事よね。大人だものね。

 とらやの羊羹はほとんど魔法のような存在で、たったの一かじりで弱った気持ちは吹っ飛び、目の奥がきゅるんと輝き、おなかの底から力が湧いてくる。その時点ですでにパーフェクトでしたから、昨年「ヨウカンアラカルト」が発売されたときは驚きました。ミニマルなパッケージに収まった羊羹たちは一口サイズに改良され、まるでキャンディ感覚、かついろいろなお味を次々楽しめるようになったのです。これは羊羹の未来だな。あらゆるものが軽量化する昨今ですが、これこそ21世紀の特筆すべきイノベーションだと思いました。〝老舗はいつも新しい〟を本気で有言実行するとらやさん。500年もの間、私たちの人生を彩り続けてきたお菓子は今日もまた、私たちの背中をそっと押してくれるのです。

TORAYA CAFÉ
AN STAND 北青山店

●東京都港区北青山3の12の16
☎03−6450−6720 営業時間11時~19時 ㊡水曜
緑のパッケージ[コーヒー・抹茶・トマト](10月初旬まで販売予定)
グレーのパッケージ[いちご・抹茶・白みそ](10月2日発売予定)各¥830(各6個入り)

PROFILE
ひらの さきこ●1991年生まれのフードエッセイスト。雑誌連載のほかお菓子のプロデュース、イベントなども手がける。日頃の食生活はinstagram:@sakikohirano にて。

SOURCE:SPUR 2018年10月号「スイーツタイムトラベル」
photography:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson

FEATURE