【平野紗季子のスイーツタイムトラベル 第7回】2015年のクロナッツ®

おやつをめぐる記憶にまつわる、エッセイ連載

お菓子は甘い総合芸術。味に意匠に文化に歴史。だからこそ、たったの一口で時空を巻き戻すことすらできるのだ。昔の味も未来の味も、自由自在の時間旅行記。

 「チョコクッキーのショットグラスにミルクが入ったもの」→ わ、なんかおいしそう。「おにぎり型アイス」→ん? どういうこと? 「おでんのブッシュドノエル」 → えー、これは、わかんない(笑) ……子どもが画用紙に描き上げた夢のお菓子的な狂気を本気でふりかざしてくる店がニューヨークから表参道にやってきたのは2015年のこと。ドミニクアンセルベーカリーのスイーツは常識を軽々と飛び越え、私たちの想像力を試すように破天荒な新作を繰り出す。エースはもちろんあのお菓子。クロワッサンとドーナッツのケンタウロス的スイーツ、クロナッツ®だ。ざっくりむっちりとしたクロワッサン風の揚げ生地にクリームを仕込んで砂糖をまぶしたお菓子界の突然変異は、その見た目の可愛さと悪魔的なおいしさで世界中を魅了して今に至る。

 表参道は一過性の話題が常に渋滞を起こして“上陸”とか“行列”ってキーワードがあふれかえっているけれど、ドミニクアンセルベーカリーは別物だ。そう思えるのは、彼らが生み出すお菓子から、創造性への執拗なこだわりを感じるからかもしれない。彼らは誰よりもお菓子とクリエイティビティの力を信じてる。だからこそ眩しすぎるほど無邪気で、笑っちゃうくらいスウィートで、好奇心に満ちた唯一無二の味ができ上がる。ドキドキしながら手にとって、思いっきり頰張れば、世界はもっと楽しくて、もっと自由でいいはずなんだ、なんてことまで思えてくる。子ども心さえ忘れなければ、世界はきっと思いどおりになるのだ。

DOMINIQUEANSEL BAKERY 表参道店
●東京都渋谷区神宮前5の7の14
☎03-3486-1329 営業時間 10時~19時 不定休
クロナッツ®(¥600)のフレーバーは月替り。(右)2018年12月はいちごジャムと甘酒ガナッシュのクリームにレモンシュガーをかけて。(左)2018年11月は洋ナシジャムとほうじ茶ガナッシュのクリームにほうじ茶シュガーをまぶしたフレーバー
※現在は販売終了

PROFILE
ひらの さきこ●1991年生まれのフードエッセイスト。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)がある。instagram:@sakikohirano

SOURCE:SPUR 2019年1月号「スイーツタイムトラベル」
photography:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson

FEATURE