2019.07.13

【平野紗季子のスイーツタイムトラベル 第8回】1922年のショートケーキ

おやつをめぐる記憶にまつわる、エッセイ連載

お菓子は甘い総合芸術。味に意匠に文化に歴史。だからこそ、たったの一口で時空を巻き戻すことすらできるのだ。昔の味も未来の味も、自由自在の時間旅行記。

 クリスマスの朝のひんやりしたフローリングの感触を今も覚えている。学校もないのに早起きして、そわそわリビングへ行って、ツリーの下を見ると、ある。リボンでラッピングされたプレゼントだ。サンタさんが来た! わあっと駆け寄って包装紙を破ったら欲しくてたまらなかった白うさぎのリュック。なんで欲しいものがわかるんだ!? うれしさと不思議で動転する朝、今思えばあれが奇跡ってものに初めて触れた瞬間だった。それからプレゼントを抱えたまま、昨日の余りのショートケーキを食べる。一年に一度だけ許された甘い甘い朝ごはん。

 あれから何十年もたって生クリームが胃にもたれるお年頃になっても、クリスマスになればショートケーキが食べたくなる。白のクリーム、赤い宝石、ふわんふわんの卵色のスポンジ。夢の三原色が口の中で甘く溶ければ、あの頃のファンタジーを何度でも再生できる気がするのだ。だけどほんの100年前までそんなお菓子は存在しなかった。ショートケーキが日本に登場したのは大正11年頃。先駆けはあの不二家とも言われていて、創業者の藤井林右衛門さんがアメリカ視察で出会ったショートケーキを日本風にアレンジしようと思わなければ、一生このおいしさに私たちは出合えなかったのかもしれない。ありがとう藤井さん。まだ家に冷蔵庫もない時代、それはおそろしく貴重な幻のお菓子だったに違いないけれど、不動の国民的ケーキになった現代でさえ、あのシンプルで完璧な一口を食べた瞬間にこみ上げる夢々しい気持ちは、ずっとずっとさめないままだ。

不二家お客様サービス室
フリーダイヤル:0120-047228
「苺のショートケーキ」(写真Lサイズ・¥4,300)はスポンジと苺、シャンテリークリームが三位一体となった定番品

PROFILE
ひらの さきこ●1991年生まれのフードエッセイスト。雑誌連載のほか、お菓子のプロデュースなども。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。instagram:@sakikohirano

SOURCE:SPUR 2019年2月号「スイーツタイムトラベル」
photography:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson

FEATURE
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