おやつをめぐる記憶にまつわる、エッセイ連載
お菓子は甘い総合芸術。味に意匠に文化に歴史。だからこそ、たったの一口で時空を巻き戻すことすらできるのだ。昔の味も未来の味も、自由自在の時間旅行記。
ポテッとした三角形に、卵色とあずき色のストライプ。その不思議な食べ物を横浜のコテイベーカリーで初めて目撃したとき「未知との遭遇だっ……」と気持ちがたかぶった。遠くから見ると絵本の世界の山脈みたいでまるで非現実、近づいて見るとカステラで羊羹を挟んでいる。どういうことなんだろう。硬い羊羹に柔らかいカステラ。ほとんど対極な食感を持つ相いれなさそうな二人をむぎゅっと統合しちゃうなんて。しかも名前はシベリア。遠くロシアの極寒の地に、このファニーな風貌のお菓子たちが群れているのを想像してますます不思議な気持ちになった。
シベリアが生まれたのは明治後半から大正初期。当時はどのパン店でも売られる人気者だったらしく、昭和の時代を生きた人にとっては食べ慣れたお菓子らしい。コテイベーカリーでは創業1916年当時から売り始めたというから、もう100年以上も焼き続けていることになる。一体何個焼いたんだろうね。長い年月を重ねてきたからこその味なのか、重くなりがちなはずの羊羹はつるんと滑らかで、カステラはしっとり柔らかで、絶妙なバランスの上においしさが成り立っている。とっても甘いけど、だからこそ「牛乳ー!」と叫びたくなるのも素朴な幸せだ。ちなみに名前の由来は「羊羹部分が大雪原を走るシベリア鉄道に見えるから」とか、「シベリアは極寒の地だから羊羹が寒くてかわいそうでカステラのオーバーを着せたから(⁉)」とか諸説ありすぎて本当のところはよくわからないそう。やっぱりミステリアスで、どうにも魅力的な、甘い甘い三角形。
コテイベーカリー
●神奈川県横浜市中区花咲町2の63
☎045-231-2944 営業時間 9時~19時 ㊡日曜
シベリア(税込み¥340)が看板商品。素朴な味わいの調理パンも多くの人に愛される
PROFILE
ひらの さきこ●1991年生まれのフードエッセイスト。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)がある。日頃の食生活はinstagram:@sakikohiranoにて。
※参考資料:横浜桜木町 コテイベーカリー http://www7b.biglobe.ne.jp/~coty1916/
SOURCE:SPUR 2019年4月号「スイーツタイムトラベル」
photography:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson