ダブレット井野将之が示す、「誰も置いていかない」ファッションとは?

2022年9月10日。ドーバー ストリート マーケット ギンザ1階のエレファントスペースに出現した、25体のピンクヘアのマネキンたち。性別も体型もさまざまで、中には車椅子に乗っているものもある。けれども顔と髪型はみな同じ。どのマネキンもバーチャルモデルimmaの顔をかたどったマスクをかぶっている。どこかで見覚えのあるこの光景。ファッションマニアならとっくに察しがついていることだろう。マネキンのimmaが着ているのはすべてダブレットの服。2022年1月にパリメンズファッションウィークの公式スケジュールで発表された、秋冬コレクションのものだ。

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「今季は自分なりのやり方で『多様性』と向き合ってみました」笑顔で取材に応じたデザイナーの井野将之さんは、物腰が柔らかく気さくな人柄で、場の空気を和ませてくれた。一方、取材中に彼の話す言葉の端々から垣間見えたのは、芯の通った硬派な一面と、ものづくりへの真っ直ぐな思い。話題をさらった秋冬コレクションが店頭に並ぶ今、改めて彼の頭の中を紐解いてみたい。そこにはいったいどんなサプライズが待ち受けているのだろう。

多様性を“意識しない”世界を目指して

「This is Me(これが私です)」と題したダブレットの2022-23年秋冬コレクション。ショーの舞台は、渋谷のスクランブル交差点をリアルサイズで再現したメタバースという設定だった。オンライン上のアバターに扮するエキストラの人混みを掻き分けるように歩いたのは、さまざまな身体的特徴を持つ25人のimma。架空の人物が実世界に飛び出してくる仕掛けで観客を圧倒しながらも、井野さんなりのユニークな解釈で「多様性」を表現した。

「ダイバーシティやインクルージョンという言葉がここ数年でいきなりもてはやされるようになった現状に違和感を抱いていました。あるとき、車いすに乗るファッションジャーナリストの徳永啓太さんにその話をすると、彼はこう言ったんです。『多様性という言葉を意識している限り、真の多様性は実現しない』。まさにその通りだなと思いました。だから秋冬のショーでは、多様性なんて気にしなくても当たり前に成立する理想的な空間を自分たちで作ることにしました」

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2022-23年秋冬ランウェイショーのフィナーレ

モデル全員がimmaの3Dマスクをかぶったのは、あえて多様性を謳わないためのウィットに富んだ演出だった。みんな同じ顔をした前代未聞のショー。「顔だけ完全な没個性にすることで、逆にそれぞれのモデルの個性が際立つんじゃないかなと思いました。ひねくれてますよね(笑)」。25人のモデルがいっせいにimmaのマスクを脱ぎ、弾けるような笑顔で交差点を駆けていったフィナーレを観て、胸がいっぱいになったのを今でもはっきりと覚えている。

鮮烈なショーがパリの公式スケジュールでデジタル配信された後、井野さんのもとには「感動した」「涙が出た」という多くのメッセージが世界中から寄せられた。「今回も全力で好き勝手にやらせてもらいました。ショーの反響は大きかったものの、店頭では苦戦するんじゃないかと正直不安だったんです。でも思った以上に反応がいいので、少し安心しました。お客様からはいつも勇気をいただいていますね」

 

始まりは「身近な人の役に立ちたい」という思い

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コレクションの出発点となったのは、東京2020パラリンピック。車椅子バスケットボールの鳥海連志選手の活躍を見て胸が熱くなったと井野さんは振り返る。

「鳥海選手のプレーが純粋にめちゃくちゃかっこよくて感動しました。僕にとっては憧れの芸能人みたいな存在で、彼にダブレットの服を着てもらえたらいいなと思ったんです。それでさっき話に出たジャーナリストの徳永さんに相談にのってもらいました。車椅子生活の中で不便に感じていることや服に求める機能など、いろんな悩みを聞いていくうちに、だったら徳永さんが一番着たい服を作ろうと。それで完成したのがライダースジャケットです。ショーでは徳永さん自身にモデルとして着ていただきました」

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ライダースジャケット¥352,000/エンケル(ダブレット)

真冬の寒空の下、スクランブル交差点を力強く自走した徳永氏扮する車椅子のimmaが着ていたのは、袖の汚れが気にならないよう肩がけできるライダースジャケット。肩パッドのホールドにより、勢いよく腕を動かしてもジャケットが落ちにくい仕様になっている。また、アームホールが広く丈が短いので、座ったままでも着脱しやすい。パンキッシュな革ジャンに「アダプティブウェア」の要素を見事に取り入れた。しかし、だからといってそれについて多くを語ることはしない。それが井野さんの流儀だ。

「説明的になるよりも、まず着てかっこいいかどうか。僕が車椅子の人の服を作ろうと思ったのは、単純に身近な人の役に立ちたかったからです。障害のある人のためにデザインしたというと、どうしても特別な見え方になってしまう。そういう構えた意識を取っ払えるような表現がしたかったし、今回はそれができたんじゃないかと思っています」

基準をなくす、サイズレスな服作り

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生地全体に絞りを施した、伸縮性のある“SHIBORI”フーディ¥47,300/エンケル(ダブレット)

「僕たちが作った服を着たいと言ってくれる人たちみんなに楽しんでもらえるように」そんな思いから、サイズの既成概念を排除した服も生まれた。プラスサイズのモデルの寸法を“Mサイズ”として作ったテーラードジャケットのほか、店頭で特に好評なのが、生地全体にスパイキーな凹凸をつけた超伸縮性のあるデニム風ジャケットやパンツ、フーディ。伝統的な有松絞りの技法を応用し、熱と蒸気で絞りを施すことで、どんな体型の人にも合うサイズレスなアイテムが誕生した。

「生地がものすごく伸び縮みするので、同じサイズなのに0歳の赤ちゃんにも身長180センチの人にもジャストフィットします。まさに一生かけて着られる服なんですよ」と井野さん。人の数だけ個性があるように、サイズに縛られることなく思い思いの着こなしを楽しめる。それこそ「究極のバリアフリー服」と言えるのではないだろうか。

デッドストックのリアルファーに息吹を

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世の中の“当たり前”にとらわれない井野さんは、世界的に広まったファー・フリーの考えにも疑問を投げかける。

「ファッションのために動物を犠牲にしたくはありません。ただそれを理由に以前、ある毛皮デザインコンテストの審査員のオファーをお断りしてしまったことがあって、それをずっと後悔していました。他にやり方はなかったのかなとモヤモヤしていたときに、毎シーズンコラボレーションをお願いしているエド ロバート ジャドソンのデザイナーの江崎賢くんに聞かれたんです。『デッドストックのファーを蘇らせることに興味ありますか?』って。その言葉にハッとさせられました」

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工場に眠っていた毛皮の襟のパーツをアップサイクルしたファージャケット¥418,000/エンケル(ダブレット)

井野さんが着目したのは、工場で20年以上も眠っていた毛皮の襟のパーツ。それらの裏地にボタンを付けてドッキングさせることで、ボリュームたっぷりのファージャケットへと生まれ変わらせた。

「ファー・フリーの立場からすれば、毛皮の服を着ること自体がダメなんだと思います。でも、すでに毛皮になってしまったものが工場の段ボールの中で何十年もそのままにされている現状を目の当たりにして、犠牲になった命があるのに日の目を見なくていいのだろうかと思いました。それででき上がったのが、何十本もの毛皮の襟を組み合わせたファージャケットです。全部取り外せるので、ジャケットに飽きたら襟巻きとしても楽しめます。一度取り外したら元に戻せなくなるかもしれないですが(笑)。でもそこから新しいアイデアを思い付いた人が発展させてくれるかもしれない。そういう意味では道の途中のような服だなと思っています」

廃棄されるファーを再利用する新たな試み

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リアルファーの製品数は減ってきているとはいえ、まだまだ作られ続けているのも現実だ。そこで今季は、工場から出る毛皮の端切れのリサイクルにも取り組んだ。廃棄予定の大量の毛皮の裁断クズから、表面の毛の部分だけを切り取り、そこにリサイクルウールとリサイクルナイロンを混ぜ合わせてオリジナルの糸を開発。その糸で編んだ“フェイクファー”のコートが完成した。ファーとボアの中間のような風合いが醸し出す独特の表情。このハイブリッドな素材の中にさまざまな動物の毛がミックスされている。そのことを背中のアニマルペイントでシニカルに表現した。

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廃棄予定の毛皮の裁断クズをミックスしたフェイクファーコート¥154,000/エンケル(ダブレット)

「リアルファーが混ざった糸で作った“フェイクファー”の服。これってリアルなんだろうか、それともフェイクなんだろうか。正直、僕自身もよくわからないです(笑)。生産工程も含めて初めての試みだったので、サンプルを作るのは本当に大変でした。特に大量の裁断クズから毛を切る作業はキツかった……。糸を紡績するために約20キロのファーが必要だったので、学生のインターンの方々にも協力してもらって、1週間ぐらいみんなで黙々と毛を切り続けました。辛かったけれど、今となってはいい思い出。まだ見たことのないものを作るワクワク感に救われました。
ダブレットでファーのアイテムを作ったのは今回が初めてですが、実際にやってみてすごく勉強になりました。他にもまだできることがあると思っていますし、今後も引き続き考えていきたいです」

作り手が楽しんでいるからこそ、伝わることがある

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斬新な切り口のフェイクファーのコート以外にも、キノコレザーとリサイクルカシミアで作ったフライトジャケットや、火山岩から作られた糸で織ったミリタリーコート、生分解性が非常に高いサトウキビ由来のポリ乳酸繊維100%のアンダーウェアやソックスなど、革新的な素材を用いたアイテムも多数そろう。

「ここ数年で最先端のエコな素材がどんどん増えてきていて、新しいもの好きの僕としてはチャレンジ精神が掻き立てられます。サステイナブルだからというよりも、見たことのない素材への好奇心の方が強いですね。堅苦しく考えず、楽しみながら作ることを最優先しています。作り手が楽しんでいるからこそ、伝わることがあると思うので。
手前味噌ですが、ダブレットは他のブランドにはない発想力が強みなんじゃないかと最近少しずつ感じるようになってきました。そういう特技があるのなら、それを存分に活かしたクリエーションを今後も発信していきたいと思っています。次の秋冬コレクションも楽しみにしていてください。アイデアはまだこれからですが(笑)」

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毎シーズン斜め上をいく発想で見る者を楽しませるダブレットのコレクション。ひとつひとつのアイテムに触れ、袖を通してみると、今までに感じたことのない驚きや感動がそこにはあり、理屈抜きに高揚する。普通ってなんだっけ? 当たり前ってなんだっけ? そう私たちに鋭く問いかけながらも、決して「わかる人にだけわかればいい」という排他的なスタンスではなく、むしろどんな人も包み込むような不思議なやさしさが潜んでいる。「好き勝手にやっているけれど、誰も置いていかない」そんな井野さんのアティチュードを体現したダブレットの服は、一言で言ってしまえばどれも最高にクールだ。ドーバー ストリート マーケット ギンザのインスタレーションは2022年10月13日まで。2階の常設スペースもあわせて、ぜひともその目に焼き付けてほしい。

井野将之さんプロフィール画像
「ダブレット」デザイナー井野将之さん

2005年よりミハラ ヤスヒロの企画生産に従事した後、2012年に自身のブランド、ダブレットを設立。2018年、LVMHプライズグランプリを受賞。

エンケル
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