ビューティブランドのパルファム ジバンシイの組織づくりが今、注目を集めている。以前からD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に関する社会的責任への取り組みを積極的に行なってきたブランドだが、2022年9月、日本で新たにインクルーシブなキャリア採用プロセスを導入した。実現させたのは、同ブランドを擁するLVMHフレグランスブランズ(以下、LFB)の代表取締役社長である金山桃さん。2022年5月の社長就任以来、社内のD&Iを推進するためのプロジェクトを次々と立ち上げ、変化を起こそうとしている革命児だ。組織内に新風を吹き込むリーダーに、ブランドの成長にかける思いを語ってもらった。
年齢、性別、顔写真などを必要としない、新たな採用プロセス
ビジネスの結果に違いを生み出す原動力となるのは、人である。「People make the difference(人が違いを生む)」の信条を掲げるLVMHグループに所属するブランドとして、これまでにもさまざまな分野でD&Iを進めてきたパルファム ジバンシイ。LFBの代表に金山さんが就任したことを機に、そのムードは一気に加速した。「働く母として、女性のエンパワーメントに力を注ぎ、未来の世代のためにフェアでサステイナブルな生活環境の構築に貢献したい」。就任当初このようにコメントしていた彼女が真っ先に取りかかったのは、従来の採用プロセスの見直しだった。LFBにエントリーする際に提出するレジュメ(CV)や履歴書に、性別、生年月日、婚姻状況の記載や顔写真の添付を求めない(もしくは“自分らしい写真”とする)ことを宣言*。新たな採用スタイルについて、社長本人はこのように話す。
「ブランドの創始者であるユベール・ド・ジバンシィが大切にしていたのは、誰かが決めた美しさを押しつけるのではなく、ひとりひとりが持つ多様な美しさを引き出すことでした。私がLFBにジョインしてまず考えたのは、ブランドのフィロソフィーでもあるダイバーシティについてただ語るだけではなく、それをもとにどうアクションにつなげられるかということでした。チームと話し合い、ファーストステップとして始めたのが今回のインクルーシブ採用です。面接時のバイアスを取り除き、応募者自身の能力を公平に評価するためにも、すぐに実行に移すべきだと考えました」
*個人情報はエントリーの際には不要としているが、採用が決まれば、入社手続き上必要な情報の提出は求められる。
応募者側に刷り込まれた「無意識の偏見」をなくすために
「外見を重視されるのでは」「年齢で落とされるかも」などといった応募者側の心理的不安を減らし、自分らしさを発揮してほしいという思いから始まったパルファム ジバンシイのインクルーシブ採用は、LVMHグループ内のビューティブランドでは初となる取り組みだ。パートナー企業からの反響は大きく、特に外資系の人材紹介会社からは「候補者を紹介しやすくなった」との声が寄せられた。
インクルーシブな採用は、企業側にとっても大きなメリットがある。面接時にあらかじめ個人情報を知った状態で応募者と会うよりも、性別や年齢などによるアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込みや偏見)が生じにくいのだ。相手のことをもっと知ろうという思いが面接官に働くため、採用後のミスマッチを防ぐことにもつながる。インクルーシブな採用プロセス自体には何の問題もないが、一方で課題もあると金山社長は言う。
「ひとつは、まだまだ私たちの発信力が足りていないこと。ビューティや接客に興味のある学生をはじめ、グループ内外に向けてもっと宣伝していく必要があると感じています。そしてもうひとつは、応募者側にあるアンコンシャス・バイアスをなくすこと。たとえば、BC(美容部員)はこんな容姿でなければならないとか、ブライトニング商材を売るためには肌が白くないといけないとか、応募者自身が無意識のうちにバリアを作ってしまっていることも大きな課題です。このふたつはリンクしているので、私たちがもっと情報発信していくことによって、応募をためらっている人たちに勇気を与えたいと思っています」
必要なのは、発言力とチームワーク力。グローバルな人材を育てる体制へ
会社としてD&Iを推進していくためには、採用だけではなく、その後の人材育成も欠かせない。女性のエンパワーメントを目指す金山社長は、LVMHグループが女性の復職支援を行なう「MEプログラム」への参加を表明し、パルファム ジバンシイのBCとして働きたい人たちのサポートを開始した。出産や育児など何らかの理由で一度職場を離れた人や、スキルセットを望む女性および性自認が女性の人に対し、約1年間の教育と職業訓練を実施。プログラムを終了した人たちを正式に採用するという試みだ。
また、より幅広い意見を取り入れるという観点から、学生のインターンの受け入れもスタート。さらに、立教大学とのコラボレーションのもと、実際のビジネスケースを通じて学んでもらうことで、若年層に参画の場を提供している。経験値の少ない若手は即戦力になりにくいという組織特有の根強い風潮がある中で、金山社長はあえて積極的に学生インターンを進める方針へと舵を切った。2022年夏からは、社長室直属のインターンも迎え入れている。
「私はフランスとイギリスで約30年間暮らしていたので、日本よりも海外生活の方が長いのですが、日本人のいいところは不必要にアグレッシブじゃないことだと思っています。でもその反面、すべてにおいてハーモニーを大切にしがち。角が立たないように振る舞うことが多いから、個性が削られてしまうのでしょうか。個人的には、少しくらい角が立ってもいいんじゃないって思うんですけどね(笑)。
グローバル社会を生き抜くためには、自分の考えをしっかりと伝える能力が必要不可欠です。私は常日頃から、年齢や経験値は関係なく、さまざまな人たちの意見を聞くようにしています。社内のミーティングでも、上司が先に意見を言うとみんなそれをフォローしようとするので、最初にインターンの学生に発言してもらいます。リクルートメントのときもそうですが、発言力は重視するポイントですね。あともうひとつ大事なのがチームワーク力。オフィスも店舗も、ひとつのチームですから。競争はありながらも、助け合いながら最善の方法をシェアしていくのが理想的です」
社員の家族も大切に。オープンで自由な環境を整える
現役大学生から、一度定年退職したプロフェッショナルな社員まで。年齢、性別、国籍にとらわれず、幅広いバックグラウンドを持つ人材を受け入れているパルファム ジバンシイ擁するLFBには、現在約200名の社員が在籍している。女性管理職の比率は62%で、子育てをしながら働く女性も多い。金山社長自身も一児の母だが、多忙を極める中でどのように時間を使っているのだろうか。
「キャリアと育児を両立させるのは大変ですよね。子どもの成長とともに優先順位も変わっていきますし、ひとりひとり向き合い方は違って当然ですが、重要なのは自分自身のウェルビーイングを保つことじゃないでしょうか。私は欲張りなので、〈子ども・キャリア・自分〉の3つの軸を大切にしながらメンタルのバランスをとっています。それぞれに均等に時間を割り振っているわけではないですが、会社と子どもにすべてを捧げるという生き方はしたくありません。時間を捻出するのは難しいですし、うまくいかないこともあります。それでも、自分の幸せに妥協せず、やりたいことをやり尽くすのが私のモットーです」
社員の家族もチームの一員という思いの強い金山社長は、社内でハロウィーンやクリスマスなどのイベントを開き、社員のパートナーや子どもたちと交流を深める場も設けている。社長自らも家族とともに参加し、その日はいつもと違ったプライベートな一面をのぞかせる。誰に対してもフラットに接する金山社長のパーソナリティをはじめ、オープンで自由な企業風土が、インクルーシブな環境づくりに貢献しているのだろう。
日本市場でのトップシェアを目指して
グローバルな知見を持ち、柔軟な視点と豊富なアイデアで変化を起こし続けている金山社長の目標は、パルファム ジバンシイを日本のマーケットで飛躍的に成長させることだ。
「決められた『美』の基準を押しつけるのではなく、性別問わず、個々人の美しさを自分のものにできるというジバンシイの価値観は、時流と合致しています。ブランドを象徴する4色パウダーの『プリズム・リーブル』は、肌の色は単色では表現できないというユベールの思いから開発された名品です。また、主力製品の『ランテルディ』は、もともとユベールがオードリー・ヘップバーンのために作った女性用のフレグランスでしたが、最近はそれを自分のために購入する若い男性が増えてきています。こういった状況が消費者の間で自然発生的に広がっているのはとても素敵なことだし、ブランドのポテンシャルを強く感じています。
社長になって約8ヵ月*、まだまだ課題もたくさんありますが、絶対に負けない!という気持ちでチャレンジしていきたい。日本のみなさんに、もっともっとブランドの魅力を知ってもらえるように尽力します」
悩む暇があれば、とにかく動いてみる。やってダメなら、その都度修正していけばいい。驚くべきスピード感と攻めの発想で、社内に新風を吹き込み、イノベーションを起こそうとしている金山社長。LFBの社員ひとりひとりが試される1年目となった今、新たな企業カルチャーが形成されようとしている。1年目に撒かれた種は、まもなく芽を出し、美しい花を咲かせるだろう。新時代のリーダーのもと、どんな実を結ぶのか、今後も目が離せない。
*2023年1月20日現在