2024年6月、イタリアのヴェネツィア市で開催された国連会議「海洋リテラシー世界会議」で、ユネスコ事務局長補兼ユネスコ政府間海洋学委員会(ユネスコ-IOC)事務局長のヴィダー・ヘルゲセンさんは警鐘を鳴らした。「ユネスコの『海洋環境の現状報告2024年版』によると、海の温暖化の速度は過去20年間で2倍に増加し、海面水位は20世紀に比べて20cm上昇したことがわかりました。海は窒息状態にあり、私たちに残されている時間はわずかです」
SDGsの達成期限である2030年まであと5年と数ヵ月。各国、各市民の課題解決に向けた行動が喫緊に求められるなか、持続可能な開発目標14「海の豊かさを守る」への明確な姿勢を示しているのがプラダ・グループだ。本記事では、2020年から同グループが支援している若者向けの教育プログラム「シー ビヨンド(SEA BEYOND)」について紹介する。
若い世代の海洋リテラシーの向上を目指して
プラダ・グループは、海洋科学に関する世界最大の権威であるユネスコ-IOCと提携し、海洋保全に関する教育プログラム「シー ビヨンド」を支援している。若い世代の海洋リテラシーの向上を目標とし、世界の中学・高等学校を対象にグローバルに展開している取り組みだ。
パンデミック下で行われた第1弾、第2弾では、ミラノ、ロンドン、上海、メキシコシティなど世界10都市から約10校の生徒が参加。ユネスコ-IOCの海洋・気候専門家によるオンライン授業や、海洋保護の啓発キャンペーンの作品制作などを通じて、直面する多種多様な海洋問題についての理解を深めた。
啓発キャンペーンはコンテスト形式で行われ、優勝校には教材費用として、プラダ・グループから賞金5000ユーロ(約80万円)が贈られた。初回の優勝作品は、ポルトガルのアグルパメント・デ・エスコラス・デ・ヴィアロンガ校が制作した「循環するネット:プラスチックの海」。プラスチック汚染の現状と、プラスチック廃棄物のアップサイクルの様子を短編アニメーションで描いた。第2弾で選ばれたのは、ペルーのニュートン・カレッジによる「MAART」プロジェクト。ペルー人アーティストの寄贈作品を集めたチャリティ・アート・オークションを主催し、売上金を海獣保護団体に寄付する社会貢献活動が高く評価された。
また、「シー ビヨンド」の教育プログラムの一環として、プラダ・グループの14,000人を超える従業員向けの研修活動が行われているほか、2023年からは、ヴェネツィアの未就学児を対象に野外教育を行う「ラグーン幼稚園」プロジェクトもスタート。子どもたちにプランクトンの生態について教えるイベントや、親子で生物多様性について学べるアウトドア体験などを提供している。
2024年に「シー ビヨンド」は第3弾を迎えた。「海洋と気候の相互関係と、それに伴う環境問題」というテーマのもと、世界56ヵ国から184校の中高生約35,000人が参加した。これまでと同様、学生たちはユネスコ-IOCの専門家によるオンライン授業を受け、自分たちで企画した啓発キャンペーンの作品をコンテスト形式で競い合う。
2023年夏以降、リサイクルナイロン素材を使った「プラダ リナイロン(Prada Re-Nylon)」コレクションの収益の1%が継続的に「シー ビヨンド」に寄付されることになったため、今回からプログラムの規模が大幅に拡大。従来の教育分野のみならず、海洋に関する科学研究や人道支援プロジェクトも始まった。その変化を象徴するのが、パリに本部を置くNGO団体「国境なき図書館(Bibliothèques Sans Frontières)」とのパートナーシップの締結だ。
恵まれない地域の子どもや若者に教育の機会を与えることを活動目的とする同団体との提携により、新たに発表されたのが「シー ビヨンド アイデアボックス」。「アイデアボックス」とは移動式のマルチメディアセンターのことで、フランス人デザイナーのフィリップ・スタルクさんが考案したもの。250冊以上の書籍やゲーム、教材のほか、インターネット接続されたタブレット端末やノートパソコンなどが備わり、提携先に合わせてコンテンツがオーダーメイドされる仕組みだ。現在は世界の115のコミュニティで利用されている。
今回誕生した「シー ビヨンド アイデアボックス」は海洋教育に特化した内容で、ユネスコの海洋リテラシーチームが国境なき図書館と共同でキュレーションした。世界海の日(6月8日)にヴェネツィアで公開された後、イタリア国内のさまざまなエリアを巡回。フランス、ブルンジ、コートジボワールにある既存の18台のアイデアボックスにも同じセレクションが取り入れられた。
「国境なき図書館との新しい提携は、『シー ビヨンド』初の人道的なプロジェクトです」プラダ・グループCSR担当責任者のロレンツォ・ベルテッリさんは意気込む。「私たちは新しい世代を鼓舞し、海の重要性とその保護の必要性に対する意識を向上させたいと考えています。そして、そのために世界のすべての若者にチャンスを与えたいのです」
国境なき図書館の創設者であるパトリック・ウェイルさんは次のようにコメントした。「教育は基本的人権であり、科学の発展の恩恵を受ける人々を制限するべきではありません。この問題を優先し、海洋教育を提供することは、すべての人々に重大な環境問題について知る機会を与え、海について学び、市民としての可能性に気付くことができるようにする、社会的正義であるといえます」
海洋リテラシーをテーマとした初の国連会議を開催
「シー ビヨンド」第3弾のローンチに伴い、2024年6月にはプラダ・グループとユネスコ-IOCの共催により、海洋リテラシーをメインテーマとした初の国連会議「海洋リテラシー世界会議」がヴェネツィアで開催された。ヴェネツィア市やイタリア外務省の支援のもと実現した本会議では、ユネスコ加盟国の代表131名と世界の海洋専門家が一堂に会し、教育、科学、政策、経済、文化の各分野で海洋リテラシーを高めるための共同文書「海洋リテラシーアクションのためのヴェネツィア宣言」が採択された。このヴェネツィア宣言は、2025年6月にフランスのニースで開かれる第3回国連海洋会議の議題を形作る土台となる画期的なものだ。
「私たちが採択したヴェネツィア宣言は、終わりではなく始まりです」ユネスコ-IOCシニアプログラムオフィサーのフランチェスカ・サントロさんは力を込める。「人類と海の関係をより調和のとれた正しい持続可能なものにするために、どこでどのように介入すべきかを明確にすることが優先すべき課題です。ヴェネツィア宣言は世界中を巡り、ニースへ届きます。これをすべてのステークホルダーに対し、海洋リテラシーとはどういうものかを伝える機会としていただきたいと思っています」
海の未来が脅かされている今、誰もが「地球市民」として海洋問題について理解を深める必要がある。そのためにも若い世代への教育へ投資することが重要だ。持続可能な開発への礎となり得る「シー ビヨンド」の今後の活動に引き続き注目していきたい。